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宮川 輝
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(24歳0ヶ月30日) 最終更新日:2019年9月11日(24歳1ヶ月11日)
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すぴりちゅある・アウェイクニング

宮川 輝
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(24歳0ヶ月30日) 最終更新日:2019年9月11日(24歳1ヶ月11日)

前書き それは、 。

それは、喜んでいるときの、 。
それは、怒っているときの、 。
それは、哀しんでいるときの、 。
それは、楽しんでいるときの、 。
それは、笑っているときの、 。
それは、泣いているときの、 。

それは、座っているときの、 。
それは、立っているときの、 。
それは、歩いているときの、 。
それは、走っているときの、 。
それは、泳いでいるときの、 。
それは、寝ているときの、 。

それは、乗り物に乗っているときの、 。
それは、音楽を聴いているときの、 。
それは、歌っているときの、 。
それは、踊っているときの、 。
それは、演技をしているときの、 。
それは、ゲームをしているときの、 。
それは、本を読んでいるときの、 。
それは、アニメやドラマや映画を見ているときの、 。

それは、ものづくりと出会ったときの、 。
それは、ものづくりをしているときの、 。

それは、人の優しさに触れているときの、 。
それは、人に優しく触れているときの、 。

それは、人と一緒にいるときの、 。
それは、一人でいるときの、 。

それは、人が生きているときの、 。
それは、人が死んでいるときの、 。

それは、いつもそこにある、 。
それは、今この瞬間の、 。

それは、 。

序章 苦しみの終わり

高校1年生の夏、母親を自殺で亡くしたことで、人生について考えるようになった。これから先、勉強をして、学歴を身につけて、会社に就職をして、結婚をして、子育てをして、出世をしながら、もっとお金を稼いで、車を購入して、家を購入して、家族で暮らしながら、年老いて、そしていつの日か、死んでいく。そこにどんな意味があるのか、分からなかった。だから、高校生の頃にハマっていたアニメに夢という希望を抱いて、声優の養成所に通って演技を学んでみたり、音楽が好きだったので、憧れのアーティストのようになろうと音楽教室に通って歌や楽器を学んでみたりと、色々な道を模索しながら、様々な取り組みをしてきた。ところが、この世界で活躍する人たちのようには、どうしてもなることができなかった。なにをしても、心の中にポッカリと空いた寂寥感を拭いきることができずに、いつもどこかに〝コレジャナイ感〟を抱えながら生活をしていた。なにをしても上手くいかない才能の無さを、どこまでも凡人であるという絶望感を、この世界で何者にもなれないという現実を突きつけられるたびに、目的のない人生を生きることへの苦しみはどんどん大きくなっていった。

しかしそんな充実感のない生活を送りながらも、たまにハッとするような瞬間があった。それは上に書いたような、音楽を聴いているときであったり、本を読んでいるときであったり、ただ歩いているときのような、なにげない小さな出来事のときもあれば、母親が死んだときのように、大きな出来事のときにもたらされることもあった。それは楽しい気分のときに見つかることもあるし、悲しい気分のときに見つかることもあった。でも、どんな感情や行動の中にも見つからないことの方が多かった。それはいつ訪れるのか分からなくて、またどこにあるのかも分からなかったけれど、あの瞬間だけはとても生きているという感覚があって、忘れることができなかった。振り返ってみると、22歳になるまでの人生はその〝なにか〟を探し続けていた旅だったような気もしてくる。


そしてある日、いつものようにパソコンと向き合っていたら、YouTubeである1つの動画に出会った。それは「苦しみには終わりがある」というシンプルなメッセージを届けている、エックハルト・トールの動画だった。なにがきっかけで彼の動画にたどり着いたのかは覚えていない。だけれども、彼の姿を一目見た瞬間、あの〝なにか〟が湧き上がってきた。

「彼について、もっと知らなければならない。」

その日は彼の取り組みについて夢中で調べた。特定の宗教には属さない「スピリチュアル」という指導者であること、また彼以外にもたくさんのスピリチュアルな指導者たちがいることも分かった。最初は少しだけ、疑った。ほどんど宗教とは関わりのない生活を送ってきて、多くの日本人がそうであるように、宗教やスピリチュアルという言葉には抵抗感があった。しかし彼の姿を見ても不思議とそうした抵抗感はなく、むしろ惹きつけられていった。

そして、アメリカで有名なテレビ番組の司会者であるオプラ・ウィンフリーが、エックハルト・トールが出版した本「A New Earth」を特集した番組をYouTubeで見つけた。言葉では表すことのできない、衝撃が走った。すぐにKindleから本を購入して、その日は寝ることを忘れて一日中読み続けた。こんなにもこの世界で起こっているあらゆる出来事を鮮明に捉えるだけではなく、人間の苦しみの原因を明らかにして、それを濁りのない言葉でまっすぐに表現された文章を読んだのは、初めてだった。その嘘偽りのない言葉に、彼の姿に、素直に感動した。過去と未来を、今という時間すら超越して、これまでの自分という幻想が消え去った。その瞬間、そこにはなにもなかったけれど、たしかにあの〝なにか〟があった。読み終わったときは、もう次の日の夜になっていた。


それから、様々なスピリチュアルな指導者たちと出会った。アメリカにヒッピー・ムーブメントを巻き起こした「ビー・ヒア・ナウ」の著者、ラム・ダス。インドの偉大な賢者、ラマナ・マハルシ。その意志を継いだ、パパジ。そしてその意志を現在も継いでいる、ムージ。インドのヨギ、サドグル。仏教徒でありながら、宗教という枠を越えて人類はみなが1つの生命であるというメッセージを届け続けている、ダライ・ラマ。禅など。彼らはこれまでに感じていた〝なにか〟を、言葉を使いながら、しかし言葉を越えたメッセージとして届けていた。この世界のカタチ――知識や経験や物質的な豊かさ――に、その〝なにか〟があると信じて追い求めていた宮川 輝の人生に、風穴をあけてくれた。この世界には、違う生き方もあるのだと、苦しみのない生き方があるのだと、この世界で何者にもならなくていいのだと、教えてくれた。

しばらくは数々のスピリチュアルな教えにのめり込んでいった。ところが、次第にあの〝なにか〟が沸き起こる衝動は薄れていった。日本でスピリチュアルについて語るセミナーにも参加した。お寺に行って、坐禅も経験した。ところが、あのときの衝動が沸き起こってこない。まだ知識が足りないのではないか、もっと経験を積まなくてはいけないのではないか、まだスピリチュナルな目覚めを経験していないのではないか。そんな不安が拭えなかった。そして気がつくと、また苦しみが襲ってきた。苦しみを終わらせるためにスピリチュアルと出会ったはずのに、あれは嘘だったのだろうか。結局は心理学やおまじないのように、一時的な処方箋に過ぎなかったのだろうか。そんな疑問が頭の中を駆け巡っていた。もうこれまでのように、文章を書くこともできず、自分を表現しようとも思えなくなった。なにをしても、今からやることが将来の障害になるような気がして、生きることが苦しみにしか思えなくなっていた。もうインターネットの世界からは身を引いて、まったく別の人生を歩もうとした。パソコンやスマホなどのあらゆる電子機器類を、すべて部屋から撤去して捨てる準備をした。これまでに書いた文章も、すべて消去した。24年間、積み重ねてきたものすべてをゼロにして、これからどんな人生を歩もうかと考えたそのとき、またあの〝なにか〟が沸き起こってきた。そしてその衝動がこれまでの苦しみを拭い去ると同時に、その原因を教えてくれた。

「あぁ、そうか。今度は俺、スピリチュアルな人間になろうとしていたんだ。」

そしてまた、本当の自分自身を取り戻した。気がつくと新しいパソコンとスマホを購入して、また文章を書き始めていた。



いわゆるスピリチュアルな目覚め――それは言葉ではないからなんと呼ぼうと構わないが、宮川 輝はこの世界の「光を越えた輝き」と呼んでいる――を自分自身の中に見た者は、その経験を絶対に忘れない。しかし、どんな花々も一瞬にして咲き誇ることがないように、これは段階的なプロセスである。また花が咲き誇ったからといって、この地球上の1つの生命としてではなく、1つの花であると勘違いをすれば、すぐに枯れてしまうだろう。老子はそれを「あだ花(実を結ばない花)」であると表現していた。大切なのは、どんなカタチをしているかではなく、どのようなカタチでこの世界に表現するかであり、まだ目覚めのプロセスにいる宮川 輝は、こうして自身の経験を言葉(カタチ)にすることが精一杯である。しかし、もしもあなたが生きることについて、死ぬことについて真剣に悩んでいるのであれば、チカラになれるかもしれない。宮川 輝は経験を語ることができる。しかし勘違いをしてもらいたくないのは、宮川 輝はなにか特別な力を持った人間ではない、ということだ。「すぴりちゅある・アウェイクニング」という言葉を使っているのは、それ以外に適切な言葉が見つからないからである。カウンセラーの資格は持っているけれど、心理学のようなテクニックであなたを癒したりはできない。あらゆる宗教を尊重しているけれど、しかしどこかの宗教に所属している人間でもない。あなたが今日、顔を合わせることもなく、目を見ることもなく、会話さえすることなくすれ違った、どこにでもいる1人の人間である。あなたの目的は、目覚めることであり、宮川 輝はその手助けになるかもしれないし、ならないかもしれない。目覚めることができるのは準備のできた者だけあるが、苦しみのない人生を送りたいと心の底から願うのであれば、それは可能である。ただし、自分自身に正直にならなくてはいけない。表面的な違いはどうであれ、同じような苦しみを経験をした人間の語る言葉には必ずその〝なにか〟が含まれていて、優れたスピリチュアルな指導者たちの言葉を越えたメッセージに耳を傾ける鋭敏さがあれば、それをあなたの中にもしっかりと感じることができるだろう。その片鱗を垣間見るだけでも十分であるし、そのための手段なら今の時代、インターネットでいくらでも見つけることができる。宮川 輝はその手段の一つだ。

宮川 輝にはFacebookから連絡が取れる。この人生について、この命について、この画面の向こうにいる人間に相談がしたい方を、心から歓迎している。あなたと目を合わせて、顔を合わせて会話をしながら、一人の人として向き合うことをここにお約束する。