「英語の三通りの話し方」を観た感想。

「英語の三通りの話し方」を観た感想。【TED】
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僕は英語がまったく話せないけれど、TEDのトークを見るのは大好きなんだ。

それはなぜか。

もちろん日本語字幕が付いているからというのも理由の1つだけれど、僕が注目しているのは登壇者の話し方なんだ。

分からない英語があっても僕には関係なくて、姿をよく見ていればなにを伝えたいのかは感じ取ることができる。

 

日本では英語に対して「正しい発音が出来ないと恥ずかしい!」という風潮があるけれども、世界を見渡せばそんなのは思い込みでしかないことがよく分かるよ。

恥ずかしがらずに英語を喋ろう。正しくあろうとする必要はない。

彼女のように、自分の伝えたい気持ちを表現できればそれで十分なんだ。

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“正しい英語”なんて存在しない。

僕の世代は英語教育が中学校からだったけど、思い返すと当時は発音なんて気にせずに話していたことを思い出した。

それなのに、大人になるとなぜか「英語の発音が“正しく”できないと恥ずかしい…」と思うようになってしまっている自分に気が付いたんだ…。なんてこった、僕が子供の頃に一番なりたくなかった“恥を気にする人”になろうとしていただなんて…。

アメリカでも黒人の中には発音に訛りがある人がいて、今でもそれを理由に差別をされることがあるそうだ。

「あなた、正しい発音ができるのね。」と。

「英語の三通りの話し方」を観た感想。【TED】

そもそも英語に正しい発音なんて存在しないということは、Hapa英会話のサニサック淳さんの「あなたの映画は世界標準ですか?」を見てよく分かったよ。

むしろアメリカ人からすると「訛りのある人は、自分より文化人で羨ましい。」と思う人もいて、いろいろな意見が聞けて面白かったよ。

英語は世界共通言語なんだ。僕たち日本人は特に島国だからその実感がないけれど、外の世界に出れば僕らも外国人だし、いくらでも英語を使っていいんだ。

自分のアクセントを恥ずかしがる必要はないってことだね。

正しさよりも、相手に伝わっているか。

どの分野においても“正しさ”を求めようとすると排他的になって差別が生まれてしまう。だから発音が正しいかどうかを重視するよりも、相手にしっかり伝わっているかを自分で判断する力をつけることの方が、僕は大切だと思っているんだ。

実際、僕が学生時代に東京に足を運んでいたときによく海外の人から声を掛けられることがあったけど、片言の英語でも通じたんだ。しっかり伝える工夫をすれば発音なんて関係がないということを実体験したときだったよ。

 

僕はこれからも英語を勉強しようと思うけど、ネイティブの真似をしようとは思はない。

それよりも自分の気持ちを英語で表現すること、そしてなにより相手の感情を英語でも読み取る力を磨いていきたいと思う。

言葉よりも大切なものがあることを、僕たちは忘れてはいけない。

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