「恋愛を語るよりよい方法」を見た感想と「真実の愛」について語る【TED】

真実の愛とは何か



恋愛(れんあい)をする。

僕にとってこの『恋愛』ってのはあまり魅力的な言葉に聞こえません。

一般的には「素敵なものだよね♪」といったプラスのイメージがありますが、実際のところは「お互いの欠如感を埋め合わせるだけの、一時的で表面的な付き合いに過ぎない」と思っているんですよ。ちょっと言葉が強すぎますかね。

でも経験のある方であれば、この『恋愛関係』とやらが、どれだけお互いに依存し合っている関係性なのかをご存知ですよね。

そして恋愛に限らず、お互いに依存し合った関係性では簡単に崩れ去ってしまうということも、すでに経験されているはずです。

こんなものが、人間関係の真の姿なのでしょうか。

宮川 輝
…ありえんな。

お互いに依存し合わなければならない関係性なんて、まったくもってナンセンスだといえるでしょう。

 

それなのに、ですよ!

僕たちはどうしてこの『恋愛関係』とやらに惹きつけられやすいのでしょう。

その理由を、今回は英語の『Fall In Love(恋に落ちる)』という言葉をキーワードにしながら、最後は『True Love(真実の愛)』についても触れて進めていきたいと思います。

 

僕もほとんど砕けた恋愛を経験しましたし、他の人たちの恋愛関係もたくさん見てきましたが、やっぱり相手を求めるだけの関係性では、無条件から湧き出てくる『真実の愛(True Love)』には決してたどり着けないのだなと、そう実感してきています。

恋に『落ちる』という言葉が意味するもの。

僕たちは恋を語るときに『落ちる(Fall)』という表現をしますが、こうした言葉をメタファー(比喩表現)と呼びます。恋に落ちる穴なんてないけれども、的を得ている表現ですよね。

彼女はこの『Fall』以外にも、恋愛を語る上でよく使われるメタファーそのものに、恋愛の苦しい状況がたくさん表われているのだと言います。

そして彼女があげた恋愛でよく使われているメタファーたちがこちら。下に一覧でまとめました。

  • 恋に落ち、
  • 恋にビビっときて、
  • 恋に情熱を燃やし、
  • 恋に打ちひしがれ、
  • 恋に正気を失い、
  • 恋の病にかかり、
  • 恋に痛み、
  • 恋に破れる。。。

まさに恋愛そのものを的確に表しているメタファーたちですよね。経験のある人であれば、誰もこの言葉たちに反論はできないでしょう(笑)。

つまり、僕たちは人を好きになるという経験を、まるで暴力や病気に掛かった被害者かのように表現しているんですね。ほんと、言われてみればその通りです。

このメタファーに従うのなら、恋愛を望む人たちは、みんな病気に掛かりたがっているということになりますが…。

そんなものが、本当に『True Love(真実の愛)』にたどり着くのでしょうか?

恋に落ちるとは、真実の愛とは無関係である。

彼女は最後に「恋愛とは芸術のように、どんな作品にするか自分で決めていいのです。」と締めくくったのですが、真実の愛についてはまったく言及していないんですよね。それで終わっていいの?って感じでトークが終わってしまいました。

 

僕もこうした辛い恋愛を経験したことで、「こんな関係は間違っている」と思うようになり、違った形での関係性を探していたんですね。

そこでスピリチュアルな教えと出会って人生がガラッと変わったのですが、ここで少しだけ、スピリチュアルな目線から恋愛関係を超えた『真実の愛(True Love)』について語ってみたいと思います。

これはかなりレベルが高いので、恋愛観を広げるつもりで読んでもらえれば幸いです。

本質を求めている人であれば、ビビッとくるものがあるはずです。

 

ふつう僕たちが経験する恋愛関係とやらに、真実の愛は含まれていないのです。いや、含まれるはずがないんですよね。

僕のバイブル「ニュー・アース」からの引用です。

いわゆるロマンティックな関係の初期の段階で、「自分を幸福にし、特別な存在だと感じさせて、すべての必要性を満たして」くれそうだと思った相手の関心を引き、つなぎとめておくために、エゴが何らかの役割を演じることはまったく珍しくない。

「私はあなたが望む私を演じるから、あなたも私が望むあなたを演じてちょうだい。」
これが暗黙かつ無意識の合意である。

ただし役割を演じるのは大変だし、とくに一緒に暮らすようになれば無限に演技を続けていくわけにはいかない。
役割が剥げ落ちたら、何が見えるか?
残念ながら、ほとんどの場合はまだ相手の存在の真の本質は見えず、その本質を包んでいるもの、つまり役割を脱ぎ捨てた生のエゴが見えてしまう。

よく言われる「恋に落ちる」というのは、実はエゴイスティックな欲求と必要性の強化である場合が多い。
あなたは相手に、というかあなたが持つ相手のイメージに溺れる。
それは何も求めない真実の愛とは無関係だ。

だいたい僕たちが『恋に落ちている(Fall In Love)』ときは、相手のイメージに溺れて何かしらの役割を演じようとしている場合が多いという事実を的確に表しているのですが、もちろん当事者は気づいていないでしょう。

もし「あなたは役割を演じていますよ!」と指摘すれば、きっと相手は「そんなことない!」と怒り出すでしょうが、そうした反応そのものが、すでに役割を演じているエゴなのです。

僕にも経験がありますよ…!!なにかいい男に見せようと、普段やらないことをやろうとして空回りしたり、恥ずかしい経験がたくさん思い浮かびます…w。

女性はよく「猫を被る」という表現がされますが、男性に好かれようと偽りの自分で、つまり何かしらの役割を演じていた経験があるはずです。

 

なぜそうした役割を演じるかというと、相手になにかを求めているからなんです。

それは束縛したい欲望であったり、性的な欲求、金銭的なものあったりと、本当に求めているのは相手ではなく、相手から得られる幸せなのです。

それは真実の愛ではないのです。なぜなら本当に愛しているとき、人はなにも欲しがらないからです。

それは何も求めない真実の愛とは無関係だ。
こういう従来の愛に関して一番正直なのはスペイン語だろう。
『テ・キエロ』には、「あなたを愛していますという意味」と、「あなたが欲しい」という意味がある。

もうひとつの愛の表現である『テ・アモ』にはこういう二面性はないが、こちらはあまり使われない。
たぶん、真実の愛はめったに存在しないからだろう。

「真実の愛とはなにか?」ということについてはここで語りきることはできないのですが、それでも一言で表せるとするのなら『無条件の愛』といったところでしょうか。

これは誰にだって可能なんですよね。家族や友人や、たとえすれ違う知らない人たちにも、です。

 

これはスピリチュアルな『目覚め』や『悟り』を経験した人が行き着く先の、語弊がないなら神とも呼べる愛なので、まだ僕の口からは説明しきれませんね…。これは言葉を越えていますし。

ということで、気になる方は引用したこちらの本をどうぞ。いつか僕の口からも説明できるようになりたい…!

あなたは恋愛に何を求めますか?

さて、恋愛とは「まるで病気に掛かるようなもの」だということを改めて言葉で説明してきましたが、それでもあなたはまだ、恋愛を経験したいと思いますかね。

であるとするなら、あなたはいったい恋愛になにを求めているのでしょうか。

 

ちなみにですが、僕は恋愛をしてもいいと思ってます。ただ、普通の恋愛関係には興味がないんですよね。

相手を求める関係性では、遅かれ早かれ苦しみと一緒に崩れ去ってしまうというのは分かりきっていますからね。

 

では、相手を求めない関係性とはどんなものなのでしょうか?

その答えは、お互いが感じている幸せを表現し合う関係性、つまり、お互いが「あなたがいなくても、私は幸せだよ」というもとに成り立つ関係性のことです。

ほとんどの恋愛関係では、お互いがお互いを幸せにしようとしてしまうんですよ。もちろん、これは素晴らしいことですよね!

でもですね、僕たちは誰かを幸せにするなんて、できないのです。自分を幸せにできるのは、自分自身しかいないんです。

僕たちは相手から幸せを受け取ろうとするから、期待が裏切られると怒り、悲しみ、失望し、執着や拘束しようとして人間関係を台無しにしてしまうのです。

この話を信じられない人はいいんです!恋愛をしてください。自分を満たしてくれる相手を探してください。

その苦しみが、この真実を教えてくれるのですから。

 

だからといって人と付き合わないのではなくて、相手から何も求めない関係を築けば、もっと深い付き合いができるよということなのです、が。すいません、これは僕もまだ経験してないので確かなことは言えません。

ただ、いわゆる普通の恋愛関係では絶対に幸せなどもたらされるわけがない、ということには確信しているので、どうせだったらもっと深い付き合いを、つまり真実を求める人と一緒になりたいと思ってます。

 

みなさんも、本当に求めているのは恋愛のような上っ面な付き合いじゃなくて、本音で話し合っても大丈夫な、ありのままの自分を認めてもらえるパートナーではないでしょうか。そうですよね。

そんなのは幻想に過ぎないって?そうですね、きっとあなたが幻想と付き合っている限り、つまり相手のイメージと付き合っている限りは、真実の愛は訪れないでしょう。

だからパートナーを求める前に、まずは自分と正直に生きて幸せになっておくことが、いずれ幸せなパートナーを運んできてくれる、といったところでしょうか。

結局大切なのはパートナーを作ることではなくて、パートナーがいなくても幸せな状態を作っておくことだ、ということですかね。

この意見に反対する人がいて、いいと思います。どうせ苦しむので。

そしてその苦しみが、結局はこの真実にたどり着くのですから、すべては必要なことということなのです。

 

ということで、今回のTEDトークをどうぞ!

僕としてはこのトークより、エックハルトトールのこっちの動画をオススメしたいですね…。

One-Sided Love Relationship

スピリチュアルな話に共感できる人ってどのくらいいるんでしょう。変な宗教だと思って敬遠している人の方が多そうですよね。

それでもこういった話に興味がある人は、きっと僕の記事を楽しんでいると思います。なんせ、答えがありませんからね(;’∀’)w。

では答えなのないことになぜ惹かれるのか?もちろん、そこに真実があるからです。

ということで、またなにか恋愛面で新しい気づきがあったら記事にしてみたいと思います!

そいでわっ!!

 

真実の愛とは、自分自身がすでに愛そのものであると気づくことなのかもしれませんね…。