「『何があるかは分からない』『山を越え、海を渡り』」を観た感想。【TED】

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TEDで表現される音楽というのはどうしてこうも僕の心を揺さぶるものばかりなのか。

それはきっと、歌詞に表現された悲しみが彼女の歌声と一緒に僕の心までダイレクトに届いてくるからだ。

1950年代から60年代にかけてアメリカ中を風靡させた曲だそうだけど、僕はどうやらこの時代の人たちと感覚がとてもマッチするらしい。この世代の人たちが作った日本の音楽も、僕の大好きな曲たちばかりだ。

最近はこうした曲を歌うアーティストをめっきり見なくなってしまった。

 

英語の曲は歌詞が分からなくても日本語を見ずに音だけで楽しむようにしてきたけれど、この年齢になったからなのか、目で歌詞を見ながらでも英語の音楽を楽しめるようになってきた。最近のノリノリでポップな洋楽はまたちょっと違うのだが、1つ1つの言葉を届けるように歌われた曲であれば、日本語を見ながら英語で曲を聴くのもまた味わい深い。

それにしても、英語の歌詞をこれほど的確に日本語として訳せる感覚が僕にはまだ分からない。今回はTakeshi Kawashimaさんが翻訳してくれていた。さて、日本人だろうか。

 

こうした音楽は日本でいうところの“合唱曲”に似ていると僕は思うんだ。ほら、小中学校のときにクラスメイトのみんなで一緒に歌った曲たちを思い出さないだろうか。当時の僕は思春期真っ只中だったのであまり楽しんで歌うことはできなかったけれど、心の奥底はものすごく揺さぶられていたのを思い出す(笑)。

上手く言葉で表すのが難しいのだが、ああいう“言葉を届ける音楽”というのは今でも深く心に残っている。つい先日、合唱曲として有名な「春に」という曲をもう一度聞いてみたのだけれど、当時は味わえなかった深みを歌詞から感じ取ることができて、なんだかとても感動したんだ。

 

この時代のアメリカは戦後であったことやヒッピー文化が生まれたこと、そしてみんなに“差別はダメなもの”という認識が広まった時期だろうか。

日本でもそうであったように、この時代の音楽には“悲しみ”が表現されたものが多い。そして同じような悲しみや苦しみを経験した人が、こうした音楽に触れてなにかを感じ、そしてまたなにかを表現して、今の僕はこうして感じたものを言葉で表現している、と。

国や言葉が違っても音楽を通じで僕もなにかを感じることができる。それは同じ人間であるからで、今も昔も、きっとこれからも変わらないものだ。

当時の人たちが感じていたなにかを受け継いで、僕もテクノロジーという魔法でちょっとばかし貢献していこと思うよ。

ほんと素晴らしいね。ありがとう。

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