映画「帰ってきたヒトラー」を観た感想。

映画「帰ってきたヒトラー」を見た感想。
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最初はコメディー要素満載でかなり笑いながら見ていたけれど、後半になるにつれてまるで現実問題を取り上げているTEDのトークを見ているかのように、自分の表情がだんだんと引き締まっていくのが感じられたよ。素晴らしい映画だったね。歴史の本質に触れることができて、今の僕はとても満足した気分でいっぱいだ。もちろん、そこにはちょっぴり気持ち悪さも含まれているけど、これがその映画の魅力だと思う。

僕は小さい頃から歴史に興味があったけれども、教科書を読んで暗記して試験でいい点数を取るための“勉強”とやらにはずっと興味を持てなかった。だから映画などの動画コンテンツから歴史を学ぶしかなかった。その影響なのか、ヒトラーの歴史を知ったのはだいぶ遅かったのだけれど、大人になったからこそ、より詳細なだけでなく深みをもって知ることができるようになったとも感じているよ。

だから勉強ができない人には、是非ともこうした“動画コンテンツ”をオススメしたい。テストのために勉強するよりも感情移入ができるはずだから、きっと理解度は深まって歴史に対する苦手意識なんて簡単にスッ飛ぶはずだ。

そして、映画を見終えたあとはWikipediaで詳細を読むのがオススメだ。無理やりに教科書を読まされるのとはワケが違う。

興味心身の状態でWikipediaを読むことは、僕にとって最高の娯楽だ。それが重要な歴史であればなおさらのことよ。

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映画「帰ってきたヒトラー」のあらすじ。

製作されたのは2015年。ヒトラーが現代に戻ってきたらどう扱われ、彼はどう行動するのかを現代の社会情勢と照らし合わせながら、ただのおとぎ話で終わらせることなくリアルに描いた物語。ちなみに、ヒトラーは第二次世界大戦中のドイツの指導者だ。

ドイツ語の映画を見るのはこれが初めてか。まだ英語を耳で聞き取れなかったときのことを思い出す。僕はドイツ語の言葉がまったく分からないから目で字幕を追うのに必死だった(笑)。

でもこうした映画は本来の音声で見るべきだね。国の歴史を描いた物語であればなおさらのこと。意味を理解できなくても、言葉から感情など目には見えない背景を耳で感じ取ることはできる。

本人を知らないの僕だけれど「ヒトラーの俳優さんめっちゃ似てる…しかも演技うまッ!!。」と思ってしまった(笑)。実際のヒトラーの演説の様子はYouTubeにたくさんあるけど、それと比べてもこの俳優さんは見た目だけではなく身振り手振り、そして話す言葉の力強さもそっくりで、見ていたら本当にヒトラーなんじゃないかと思うぐらいの演技で驚いた。

物語の設定的にも、歴史背景的にも難しい映画だったはずなのだ。でも違和感なく見ることができたのは、この俳優たちの演技、そしてなによりこの映画を製作しようとしたスタッフたちの勇気があってこそ。

僕が勉強ができなくても歴史を学べるのは、本当にこうしたコンテンツのおかげだ。

映画「帰ってきたヒトラー」を見た感想。

1.ヒトラーという重要人物とその歴史の認知度。

僕が勉強していなかったからなのか、それとも偏差値が低すぎるからなのか、学生時代に歴史の授業で“ヒトラー”という言葉を耳にした記憶がないのだ。

高校を卒業してからインターネット、特にYouTubeを通してアメリカやヨーロッパの人たちが「ナチス(Nazis)」や「ネオナチ(Neo-Nazi)」なんて言葉をとても慎重に話している姿を見たのと、あの赤と黒の鉤十字(かぎじゅうじ)マークが気になったので調べたら、ホロコーストという第二次世界大戦の大量虐殺の指導者であるヒトラーにようやくたどり着いて、初めてその言葉や歴史の重要性を知ることができたぐらい、振り返るとこんなに重要な歴史があったのに知るまでかなりの長い道のりだったように思える。

2016年の女子高生流行語大賞で「卍(まんじ)」という言葉がトップに輝いたのだが、このときすでに僕はヨーロッパの歴史を知っていたから不思議な気持ちでニュースを眺めていた。きっと彼女たちもこの歴史を知らないのだ。というか、歴史の授業で教えていないのだ。よかった、ただ僕が勉強していないだけじゃなかったみたいだ^^;。

それとこのマークは仏教のお寺でも使われたりしていて、そのほかの国でもまた違った意味を持つマークであるから、これをどう使うかというのは今の時代においてそれほど重要ではないと思っている。ワケのわからないコミュニケーション手段として使われるのも、日本っぽくていいだろう(笑)。ただ、このマークが第二次世界大戦の大量虐殺を象徴するマークとしてドイツで使われていたという事実は、誰もが理解しておくべきであろう。無知であることは恥ずかしくはないが、国を超えて人と繋がるためには最低限、知らなくてはならないことはあると思う。それは日本人であっても、どの国であっても、たとえ女子高生であっても。これはそのうちのトップ・オブ・ザ・トップだ。

僕が高校に入学したのは2011年の話だ。当時はまだインターネットが今ほど普及していなかったから大人たちも知らなくても生活に困らなかったのだろう。もしかしたら、僕の高校の先生の中には知らない人もいたかもしれない(笑)。さすがにそれはないか(;’∀’)w

でも、あれからもう8年も経った。まだインターネット上ではあるが世界はこんなにも繋がり始めている。

日本が第二次世界大戦に参加したように、広島と長崎で原爆が落とされたという事実があるように、他国においてもまずこうした人間の愚かな歴史から学んでおくことは、表面的な浅い繋がりではなくお互いの理解を深めて深く繋がるための非常に重要な役割を担うはずだ。

2.ヒトラーという人物像。

また違う角度からヒトラーについて。

歴史を見れば誰もが彼のことを“悪人”だと思うだろう。当たり前のことだ。誰もが平等な社会という高貴な理想を掲げたが、その裏では数えきれない人たちが殺されている。その背景はWikipediaでぜひ見て欲しい。ここでは語るのも毒舌に尽くしがたい。

しかし彼だけが悪かったのだろうかという視点に立ち返らなくてはならないということを、この映画はヒトラーに対する人々の振る舞い方によって僕たちに教えてくれたのではないだろうか。彼の“平等”という理想は素晴らしいものだったが、その道のりは決して許されるものではなかった。しかし、彼を最高指導者にしたのは国民でもあるということを忘れてはならない。

この映画では僕からすると、ヒトラーはとても“いい人”に見えた。ドイツ国民のことを誰よりも強く思っている。こんなにリーダーとして適している人はこの世にいないんじゃないか…という見方に視聴者を陥らせるような演出だったが、それが危険であるということもまた教えてくれた。

ヒトラーのように自分が絶対的に正しいと主張する者には気を付けなくてはならないだろう。たとえそれが高貴な理想の持ち主であっても、彼らに従えばどうなるかは、歴史を見れば明らかだ。正しいことをするために、間違っている人たちが殺されてもいいだなんて、そんなことが許されていいわけがない。

悪者というイメージを持たされている彼を、とてもいい人そうに見せることでその本質を伝えようとしたこの映画の設定と演出に僕はとても感心した。

3.歴史を残し、伝え、考えさせること。

最後のシーンでヒトラーに寄り添う女性が「戦後70年も経った、子供たちも歴史教育に飽きているわ。」なんて言葉がどれほど浅はかで愚かで危険であるかは歴史をよく知る現代の視聴者であればビンビンと感じ取ったはずだ。

実際に移民としてドイツ国籍になった子供が、学校でドイツという国が行ってきたことを自分の国のように真剣に学ぶ姿が他の映画で映されていたのを思い出した。教育とはこうであるべきだし、これからもこうであるべきだろう。テストの点数なんてどうでもいいが、人類の愚かな歴史を伝える教育を怠ることがあってはならない。

日本には広島の原爆ドームがあるように、ドイツにも歩道に第二次世界大戦のホロコーストで殺害された人たちの名前を彫刻することでその歴史の傷跡を語り継いでいる。

そして、伝えるだけではなくこれからは考えさせることも重要だ。年号を暗記してテストで点数を稼ぐだけじゃなんの役にも立たない。過去に起こった事実を知って、自分がなにを感じ、そしてどう生活に活かすかを考えて行動に移すことが大切なのだ。

僕もこうして文章に残すことで、映画を見ただけでは自分でも気付かなかった洞察を得ることができたりするのだ。それに考えることにも繋がるからね。あ、あと残していることにもなるのか(笑)。

まとめ。

これほどまでに海外の歴史を詳細に、しかも僕みたいな勉強ができない人がここまで知れるのは人類史上初めてで、これからもインターネットで学べることがまだまだあると思うとゾクゾクするね。

実話をベースとした映画が僕は大好きだ。それは文章よりも感情で歴史を体験できるからで、こうしたコンテンツは学校の授業で見せても十分に意義があるのではないだろうか。

もし僕がいま中学生だったら…間違いなく今みたいにiPadでベッドで横になりながらAmazonプライムで映画見まくっているだろうなぁ…(笑)。誰かに無理やり教わる必要は、もうないのかもしれないね。

そこに興味さえ持たせることができれば。

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