「『依存症』―間違いだらけの常識」を観た感想。

「『依存症』―間違いだらけの常識」を見た感想。
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依存症という言葉で定義すること自体が、間違っているのかもしれない。

 

僕は小さい頃からお酒やタバコや薬物などは「絶対に飲むな!吸うな!使うな!」と親に強く言われて育ってきたんだ。大人になってから酔っ払いやタバコのヘビースモーカーたちと出会うと、彼らが悪人に見えてしまうこともあったくらいにね(笑)。

今では彼らを尊重できるようになったけれど、それでも一緒にいたいとは思えないんだ。知人だろうと密室でタバコやお酒に手を出されたら、その場から席を外してしまうほどに、特にタバコに関しては大の苦手だ。

そこでいつも、こんな疑問が頭をよぎっていたんだ。

宮川 輝
なんでこの人たちは、自分の体を壊すと知っていながら―体に悪影響があると知っていながら―やめることができないんだろうか?

でも、今回のTEDを見たことで、僕は彼らとの向き合い方が間違いだったのかもしれないと思うようになった。

彼らが薬物に依存してしまうのは、人との繋がりを失っているからなのかもしれない。いや、究極的には“生きている”という自分との繋がりを、失っているからなのかもしれない。

彼らを孤独にしないために、僕にできることはなんだろうか。

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依存症という間違いだらけの常識。

僕らは依存症、特に薬物依存に関しては、その人になんらかの精神的欠陥があると考えてしまいがちだけど、実は大きな間違いなのかもしれない。

ブルース・アレキサンダー博士の有名な「ネズミの楽園」という実験がある。1つのゲージに1匹のネズミと2つの水を用意し、片方には普通の水を、そしてもう片方にはヘロイン(薬物)入りの水を用意した。すると予想通り、100%のネズミたちがヘロイン入りの水を飲んだんだ。

でも、アレキサンダー博士がこの実験に対して「なぜネズミが1匹しかいないのか?」という疑問を抱いた。そこで、今度は同じような実験場に遊び場や他のメスのネズミたちを入れて、いつでも食べ放題、遊び放題、セックスし放題の、文字通り“ネズミの楽園”を作り上げた。

すると結果は大きく違って、約8割のネズミたちが普通の水を飲んだことが分かったんだ。

もしかしたら「ネズミと人間は違うから、人間にもその理論が当てはまるとは限らない。」と考える人たちがいるかもしれない。

でも実際のところ、ベトナム戦争のときは多くの兵士たちがヘロインを打っていた。そして今でも、骨折した人などは病院でヘロインを打たれている。しかもそこら辺のドラッグディーラーが販売しているような不純物入りのではない、とても純度の高いやつだ。

でも兵士が街に復帰したからといって、また病院から退院したからといって、ヘロイン中毒に陥るようなことはなかった。もちろんメンタル施設を利用する人はいたはずだけれど、薬物の影響によって自分を見失う者は遥かに少なかったんだ。

 

イギリスとアメリカでは「罪を犯したものは罰せよ」と、薬物依存にプレッシャーをかけてきた(例:次やったら家族に会えないぞ。etc)みたいだけど、その数は減るどころは増えるばかりで薬物依存にかける費用も年々増加しているらしい。

日本では厚生労働省が「薬物乱用の現状と対策(PDF)」のデータを公開していたよ。

日本では昔、覚せい剤が“ヒロポン”という別名で合法的に使われていたこともあったのを知っているかな?どうやら今では、減少に近い推移状態になっているみたいだね。

どのくらいの人が更生しているのかは分からなかったけど、薬物だから再犯率はおそらく一番高いだろうな。

でも、原因は薬物にあるのではないとしたら、僕たちは“依存症”という言葉をもう一度再定義する必要があるのではないだろうか。

いや、そもそも“依存症”という言葉自体が間違っているのかもしれないね。

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薬物に頼ってしまう彼らに足りないものは、一体なんだろう。

足りない彼らに、僕らはどう向き合うべきなんだろう。

人間として失われた繋がり。

人間は人と繋がろうとする傾向がある。多くの人が学校や会社などの組織に依存したがるのは、自分以外の人と繋がることで安心感を得るからだね。

彼も「人間は繋がろうとする生き物だ。」と定義していて、なるほどこれは正しいかもしれないと思わされた。

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他人と繋がることで安心感を得るのは人間の特徴で、依存症のような“極度の欠如感”を感じている人たちには向いているかもしれない。

でも、健常だろうが依存症だろうが、僕たちは自分との繋がりを忘れているのではないだろうか。

 

人類史上、これまでにないほど人々は繋がり合った。インターネットが普及してスマートフォンが誕生し、TwitterやFacebookでいつでも連絡が取れる状態になり、僕らは指先一つで、地球のあらゆる場所から繋がれる時代を生きている。

それなのに人々が満たされないのは、繋がりが少ないからだろうか。薄いからだろうか。それとも、お互いに相性の合う人をまだ見つけていないからだろうか。

違うよね。自分の中に欠如感がある状態で―本来の自分と繋がっていない状態で相手と繋がろうとしているから―僕たちは満たされないんだ。

いつまでも他人と浅い関係でしか繋がることができなのは、本来の自分自身と繋がっていないからなんだ。

 

でなければどうして薬物依存者が減らないのだろう。自殺者が減らないのだろう。孤独感を感じながら生きている人が、こんなにも多い世の中になっているのだろう。

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僕らはもう一度、人間としてただ“生きている”という、本来の自分自身との繋がりを取り戻さないといけない。

薬物依存者には、もちろん寄り添う人が必要だ。彼らが1人で更生することは難しい。身近に精神的な病気を抱えた人を看病したことがある人なら、その難しさを体験しているはずだよね。

でも、最終的には自分自身と繋がらなくてはいけない。これは他人に頼りきっていると難しい。組織や仲間と群れているだけでは難しい。浅い人間関係の輪の中で過ごしている限り、とても難しい。

依存との向き合い方を180度、変更せよ。

ヨーロッパの中でも薬物問題が最悪だったポルトガルは、イギリスとアメリカのように規制を強めたが効果はなかったようで、あるとき科学者と心理学者を集めて1つの結論を出した。それは、あらゆる薬物を合法化する代わりに、これまで規制に費やしてきた資金を、患者を社会に再び迎え入れるために使うという、普通では考えらえないような政策だった。

その結果は薬物依存者が50%も減り、患者のHIV感染率も大幅に減ったのだとか。

似たような政策がウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカ氏で行われたのを知っている人がいるかもしれないね。

ウルグアイで麻薬などは薬物依存者を増やすだけでなく、ギャングといった悪い集団の資金源となることから、合法化することで管理するようにしたんだ。

その結果、闇組織との取り引きが18%ほど減ったという効果も示している。

 

そして、僕たちは薬物に限らず、1つや2つの依存症を持っているんじゃないだろうか。

ちなみに、僕はインターネット依存症だといえるかもしれない(笑)。ネットなしに1週間、いや1日でも過ごせと言われたら…ちょっとキツい。

禁断症状が出て、逆立ちしながらリンゴが欲しくなるかもしれないけど、もしこの依存症が社会生活に悪影響を及ぼすようなら、少し考えなくてはいけないね。

今のところは自制できているし、仕事にもなって日常生活に溶け込んでるから影響はないのだけれど。

よく依存症を断つための方法論として“断つ・やめさせる”ことに目が行きがちだけれど、今の社会制度では―特に薬物依存のように精神的な異常を抱えている人たちと向き合う構造は―そのものが適切でないのかもしれないと、今回のTEDでよく学ばせてもらうことができた。

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依存だから隔離する―使いすぎだから規制する―という従来の方法ではない向き合い方が必要な時代なのかもしれない。

 

では、僕たちはどう依存症と向き合えばいいのだろうか。

また薬物依存者に関わらず、もしなにか危機に陥っている人たちがいたら、どう向き合えばいいのだろうか。

その答えは、断つことではなく“繋がり(Connection)”を見つけることだと彼は主張していた。

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このメタファー(比喩表現)は素晴らしいね。まさか英語で“依存(Addiction)”の反対が“繋がり(Connection)”だなんて、本当に言葉というのは一体誰が考えたのか知ってみたいよ。

ちなみにだけど、日本語で対義語を調べたら“自立”や“独立”という、繋がりとは無縁の言葉が目立ったよ。日本人のDNAには“繋がり”という言葉は、まだ薄いのかもしれないね…。

 

自分の中に依存症を見つけたら、まずは自分自身と向き合わなくてはいけない。苦しみから逃れるために自分を痛めつけたり、快楽に走っていないだろうか、と。

そして乗り越えられないと思ったら、恥ずかしがらずに他人に頼ることだね。Facebookなどのソーシャルメディアやインターネットはその為に活用できるのだから、出来るだけ深い人間関係を築いておいたほうが賢明だろう。

そして、困っている人には“1人じゃない”と声を掛けてあげることだ。必要以上のことはしなくてもいいかもしれないけれど、誰にだって助けが必要な時があるからね。

だけど、最終的には自分自身との“生きている”という繋がりを取り戻さないといけない。

“人間関係依存症”にも気を付けなくてはいけないね。誰の中にも、自分で立ち直る力があることを忘れてはいけないよ。

 

今日も僕は、どうやったら人をもっと繋げるかよく考えてみる。

ただ数字を集めるだけの浅い繋がりではなくて、形として現れることのない、もっと深い繋がりを作るために。

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