「いかに複雑さが簡潔さへとつながるか」を観た感想。

「いかに複雑さが簡潔さへとつながるか」を見た感想。【TED】
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僕はものごとをシンプルにするのが大好きだけど、シンプルなモノが簡単にできるとはまったく思っていない。

本当に優れた簡単さを持つモノは難しいものごとから成り立ち、本当に優れたシンプルさを持つモノは複雑なものごとによって成り立っていると思っている。

どちらも必要不可欠で、簡潔さを求めるのはある意味で正しい生き方だとしても、複雑な過程をスッ飛ばそうとしているようでは、絶対に優れたモノを生み出すことはできないと、僕は信じて今も生きているんだ。

そういう意味では、自然から学ぶことはたくさんあるだろう。

人間の頭では理解できない無秩序に目を向けられる人だけが、本当に優れた秩序を生み出せるのかも知れない。

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シンプルに辿り着くための、複雑な経験。

クローゼット

僕は今、洋服を1種類にまとめいるのだけれども、ここにたどり着くまでにはそれはもう、数え切れないくらいの無駄と、無駄と、無駄を重ねてきたんだ。

2年間も着ていない服を収納するために、新しいクローゼットを購入しようとするほどに酷かったんだ(笑)。ただでさえ狭い4畳半の部屋が、もっと狭くなるところだったよ(;’∀’)w。

でも、もしこの無駄がなかったら、絶対に僕は洋服をシンプルにまとめようとはしなかったはずなんだ。

毎日着る服で8年間ほど悩むことができたからこそ、「あれ、なんで洋服を複数持つ必要があるんだろう?」という疑問を持つことができて、「あれ、俺には1種類で十分じゃん!」という事実に気づけた。

複雑を経験したことによって、ものごとをシンプルにすることができたんだ。

シンプルなだけの醜さ。

じゃあもし、僕が最初から洋服をシンプルにまとめることができていたら、どうだろうか。

中学生から今までなにも考えることなく、ただ毎日同じ洋服を着続けていたら、多分僕は浅はかな人間になっていたと思う。

宮川 輝
えー、なんで洋服を何種類も揃えてんのwww
ただの無駄じゃんwwwファーwww(´º∀º`)

こんな性格の人間を想像してみてほしい。たぶん長生きはしないだろう。

 

最初から複雑さを経験することなしに、シンプルにまとまってみえるものは、一見するととても魅力的に思えるかも知れない。

だが、複雑さを経験することなく生み出されるシンプルさというものは、とても醜い。遠回りをしたことのない人間が近道をするように—機械的に考えてすぐに結論を出そうとするように—1つの視点で行動をするように、複雑さのないシンプルなものごとに、僕は魅力を感じない。

これは人間にも同じことが当てはまる。今も世の中の多くの人が「自分は善人である。」と思い込んでいるから、なにか「悪いこと。」を目にすると、すぐになにが正しいのか答えて優越感に浸る。

だが考えてみてほしい、そんな人間に魅力はあるのだろうかと——。

そこで、本当に優れた人間というものは、善が悪から成り立つことを知っている。そして、シンプルなモノが尊重されるのは、複雑なモノがあってこそだと心得ている。

だから複雑なものごとに直面しても、それを障害だとは思わない。

その複雑さが、優れたシンプルなものを作ると知っているからだ。

自然から学ぶことはたくさんある。

多くの人は整地された公園や自然のことを「綺麗なもの。」と表現する。それはなぜか。人間の心で把握できるシンプルさ—秩序が—簡潔さが、そこにあるからだ。

もちろん僕も綺麗だと感じるが、しかし整地のされていない自然を見たとしても「綺麗なもの。」同じように表現するだろう。

 

善と悪。秩序と無秩序。シンプルなものと、複雑なもの。

もちろん僕は善を選びたい。秩序を選びたい。シンプルなものを選びたい。

だけれども、悪人を裁く善人にはなりたくない。無秩序を嫌う秩序は欲しくない。複雑さを経験していない、シンプルな人間にはなりたくない。

自然では、死んでゆく命から新しい命が生み出されている。そこには善も悪も、秩序も無秩序も、複雑もシンプルさもない。すべてが1つなのだから。

僕たち人間が自然から学ぶべきことは、きっとたくさんあるはずだ。

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