僕は観葉植物を剪定せずに、成長したら自然に還したい。

僕は観葉植物を剪定せずに、成長したら自然に還したい。



僕の家には“ガジュマル”という植物がある。日本では“幸せを運ぶ木”なんて呼ばれているけれど、幹がとっても太くてなかなか可愛いのだ。パソコンの横に置いておくことで、いつも僕に癒しを与えてくれている。

購入してからそろそろ1ヶ月半が経つのだけれど、このガジュマル、なかなか成長スピードが早くてグングンと葉を伸ばしながら上へ上へと成長しようとするのだ。

この姿を見ていたら、なんだか僕にはこのガジュマルを剪定する気持ちにはなれなかった。

 

普通はこのぐらいの大きさになったらもう剪定してしまうのかもしれない。実際のところ、このガジュマルには購入前にすでに剪定された跡が残っている。

しかし、ハサミで切られた枝の先からも新しい枝が伸びようとしている。上からも下からも、四方八方に広がりその勢いは衰えそうにない。あと1ヶ月もしたら鉢が支えきれなくなってしまうかもしれない。新しい根もグングンと伸びている。

新しい鉢に植え替えようか。

それとも、剪定して小さいサイズにとどめておこうか。

色々考えてみたのだけれど、僕にはどちらの選択肢もしっくりこなかった。

 

幸いなことに、僕の家の周りは緑豊かな自然で囲まれている。人の生活空間と融合しつつも上手く仕切られているから、そこにこっそり植えておけばきっと人間の手によって抜かれる心配もないと思うのだ。

実際、昨日は散歩をしていたら不自然なところに百合の花が咲いていた。きっと誰かが植えたに違いない。

 

植物は本当に色々なことを教えてくれる。

彼らは褒められようともしなければ、自ら防ごうともしない。

ただ、そこにある。何者にもなろうとせず、ただ葉を伸ばして成長していく。

 

イエスの言葉には「野の花がどのように育つかみてごらん。今日あっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたによくしてくださらないわけがありましょうか。」という言葉がある。

きっと彼は、人間が触れ合えなくなった自然の力があることを見抜いていたのだ。

 

彼と一緒に過ごせるのもあと半年ぐらいだろうか。おそらく、来年の今頃は手元にないだろう。

僕には、彼の成長を止めることはできない。

僕の手を離れるときが来たら、あとは自然に還そうとおもう。

そのときまで。