「ポーカーの達人が教える決断の3つの秘訣」を観た感想。

「ポーカーの達人が教える決断の3つの秘訣」を観た感想。【TED】
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まだ僕にとって賭け事の世界は、これからも手を出そうとは思えるものではなかった。

学生時代にパチンコに足を運んでいる友人から「一緒に行かないか」と誘われたが、どうしてもあの人混みとうるさい機械の音、そしてなによりお金を賭けたゲームとなると拒否反応が出てしまうからかなり強めに断ってしまったのを思い出す。

賭け事に限らず勝負の世界はなんであっても、勝ち負けがつくようなものはそれ以外の目的がなければならないと思っている。そうでなければ、他人と間接的にただ金品を奪い合うために殺し合いの代替ゲームをしているに過ぎないのだから。

目には見えないかもしれないが、誰かが儲けているということはその裏に損している人が必ずいるのだから。もちろんそれ自体が悪いのではなく、勝ち負けよりも深い目的がないことにはゲームも、ビジネスも、人生も成り立たないであろう。

ポーカーの世界では、その目的が一体なにに値するのだろうか。正直なところ彼女のトークからはそれを見つけることができなくて僕はポカンと聞いていたのだけれど、最後には会場からは拍手喝采で終わっていてなんだか拍子抜けしてしまった。

はてはて、僕はまだ未熟すぎるのだろうか。それとも。

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自信から生まれる無意識の過大評価。

ポーカーを1つの“ゲーム”だと捉えるならば、そこに依存することによってどんな副作用が生まれるかは僕も学生時代に経験済みだ。なんせ高校時代は家に帰ったらすぐにPS3を立ち上げてオンラインゲームを深夜の3時までやるほどのハマりっぷりだったのだ(笑)。当時はメタルギアオンライン2が熱かったなぁ…。

勝負に勝つと自信がつくが、熱くなればなるほど浮かれやすい。次も勝てる、次も勝てるという思い込みが結果に繋がるときもあるが、大抵は後になってから味わう苦しみの方が大きくなるのがオチだ。もし「あなたは自分の実力を過大評価していますよ!」なんて誰かから指摘されようものなら、たちまち怒りなどの感情が込み上げてきただろうから、当時の僕には自分を俯瞰すること難しかったと思う。賭け事の世界ではこれが顕著のようで、それはグラフが如実に表していた。

「ポーカーの達人が教える決断の3つの秘訣」を観た感想。【TED】

意識的であるのか、それとも無意識であるかどうかは“自制が効くかどうか”の違いだと思っているのだが、自分が無意識になっているときにはそれに気付かない。怒ったり、イラだったり、ムカムカするような感情が込み上げてきたのならそれは無意識である証拠だ。そこに気づけば無意的になれるが、勝ち負けに捉われてしまうと最初はそう簡単ではない。

勝負の世界では自分の自信が無意識に繋がるかもしれないが、普通の生活をしている人においては自分に対する自信のなさが無意識に繋がっている割合が高いのではないだろうか。

特に日本人は相手に対して謙る傾向があるけれど、ほとんどの人は条件づけられた反応として半自動的に行動しているはずだ。自分に自信を持っていようが持っていなかろうが、そこに“気づき”がなければどちらも無意識であることに変わりない。

自分や相手を過大評価することも過小評価することも方向が違うだけでどちらも変わらない。そこに気づくことができれば、きっと違った行動を選択肢するスペースが手にできるはずだ。

僕にとってはこのスペースが記事を書く源になっている。

直感よりも分析の結果なのか。

僕が彼女のトークの中で一番驚かされたのがこれだ。もちろん勝負の世界、しかもお金を賭けた勝負であるから数字に頼ることは理論的に正しいのかもしれないが、かといってまさか直感よりも大切だという話をするだなんて思わなかった。

彼女には分からないのだろうか。直感という目には見えないかもしれないが、確かに価値があると実感できるモノが自分の中に芽生えたときの開放感が、どれほど目の前の数字なんかより遥かに優れたアイディアと的確な判断をもたらしてくれるのかということが。

「ポーカーの達人が教える決断の3つの秘訣」を観た感想。【TED】

彼女はまた「彼らが直感を信じている人たちに見えますか?」とポーカーの達人たちの真剣な—いや、邪悪なとでも言おうか—顔ぶれを紹介していたが、彼女は彼らを通して気付いていたのかもしれない。数字ばかりを重視すると人は人間らしさを失っていくことに。

僕が稼いだお金や実績を謳い文句にビジネスをしたくない理由はこれだ。これらを武器にすると人々からの注目を集めやすくお金も稼ぎやすいが、それは自分を他人より高く見せるということだ。優劣を自慢することによって手に入れるお金や地位や名誉を、僕は心の底から喜ぶことはできない。いや、もしかしたら人は賞賛してくれて僕もそれなりの幸せを味わえるかもしれないが、他人との競争で手に入れたものを見せびらかすことで喜びを手に入れるくらいなら、誰かに負けることで何も手にしない方がマシだと感じてしまう人間だ。

もちろん数字を使った分析はとても大事なことで、このバランスを取るのは勝負の世界でも、ビジネスの世界でも、人生においても非常に難しい。だけれども、お金などの数字や目先の利益、そして他人より優れた人間になるための決断をするような人間にはなってはならないと、僕は自分にいつも言い聞かせている。

コインの裏側を見るチカラ。

この記事を書いていたら気が付いた。僕はどうして彼女のトークにこんなにも共感が薄いのかと。それは彼女の話はすべて自己利益に繋がることしか、コインの表の話しかしていないからだ。

自慢じゃないが、自己利益を目的にした理論なら僕だっていくらでも思い浮かぶ。ブログの記事もそこそこ書いてきた。PV数もそこそこ集めてきた。お金だって稼いできた。それらを武器にして自己利益を追求するだけでなく表面的に誰かの役立つトークならいくらでもネタを持ち合わせている。

だけれども僕はいつもコインの裏の面を考える。自分を高く見せることを—数字を稼ぐことを—相手より上に立つ理論を他人に教えることで、いったいこの世界にどんなメリットがあるのかと。いや、どんなデメリットが生まれるのだろうかと。これはTEDを見ているような広い視野を持った人なら誰もが気がつくポイントのはずだ。

僕も彼女の理論に従ってカジノで頑張れば、人生に取り組めばそれなりの結果と富を手にできるかもしれない。でもそこにどんな意味があるんだろう。僕がポーカーで富を得たら、どれだけの人が富を損するんだろう。カジノでは毎年、いったい何人の人たちがその欲望に溺れて自殺しているんだろう。自分が勝負に勝つことだけを考えて、賭け事の世界に身を置くことが本当に正しいことなのだろうか、と。

僕は彼女からポーカーで勝つための、勝負に勝つための決断方法ではなくて、もっとカジノ全体を見たときに彼女がなにを感じて、なにを考えて、どう決断しているのかを知りたかった。きっと彼女くらいのレベルなら、なにか気付いていることがあったはずだ。

 

僕のような凡人が様々な情報を手にできる今の時代、人々は自己利益を追求する個人や企業に対してものすごく敏感だ。それはYouTubeのコメント欄を見ているだけでも見て取れる。どれだけ多くの人が鋭い視点を持っていることか。

だからといって勝ち負けにこだわるのが悪いとはまったく思わないが、コインには表と裏があることを心得て勝負やビジネスの世界、そして人生に取り組んでいる人というのは目に見える数字や実績を持ってはいないかもしれないが、それらを遥かに超えた輝きを放っているものだ。

僕もどうせならそんな人間であり続けたい。たとえ勝負に勝てなくてもいい。負けたって構わない。

僕はいつも勝ち負けよりも大切なのと一緒に人生を歩んでいく。

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