「戦場のメリークリスマス」を見た感想。【映画】

「戦場のメリークリスマス」を見た感想。【映画】
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ある日、僕はいつものようにYouTube内を探検していたんだ。

そしたら聞き覚えのある素晴らしい音楽に出会ったんだけれど、僕はどうしてもその曲の名前を思い出すことが出来なかった。

遠い昔の幼い頃の記憶を遡るように、どこかで耳にした気はするのだけれど、どこで聞いたのかを思い出すことのできない感覚だった。まるで昨日見た夢を思い出そうとするかのように必死で記憶の中を探してみたけれど、僕の探していた答えは見つけられなかった。通い慣れた道を歩いているのに、霧のせいなのか、どうしてもどこへ続いている道なのかを思い出せないかのような不思議な感覚だった。

後にその曲が映画「戦場のメリークリスマス」の主題歌であることを知るのだけれど、僕はこのタイトルに身に覚えがないどころか、その映画が存在すること自体を知らなかった。

だけど1つだけハッキリしていたのは、あのとき聞いたこの曲が、初めて聴いた曲ではなかったということだ。

すでに持っていた宝箱なのに、いつの間にか気付いたら蓄積している大量のホコリで埋もれてしまっていた、大人になるにつれて忘れていってしまったものを、この曲が思い出させてくれたのかも知れない。

 

僕は基本的にAmazonでしか映画を見ないのだけれど、この映画はDVDじゃないと見ることができなかったから諦めていたんだ。だけれども、YouTubeに映画がまるまる掲載されているではないか。

宝箱はもう手元にある。あとはそのカギを手に取るか否か。

もちろん、僕は迷わず手に取ったよ。

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「戦場のメリークリスマス」のあらすじ。

「この世に存在していた不条理を、なかった事には出来ない。」という強い意志のもと社会性のある作品を生み出してきた、大島 渚監督の大ヒット映画。1983年だから、僕が生まれる12年も前のものだ。フルHD映画を頻繁に目にしてきたから映像からは時代を感じたけれど、とても生まれる前のものとは思えなかった。

おそらくこの映画は知らなくても、坂本龍一さんが作曲した主題歌なら知っている人は多いのではないだろうか。僕はこの曲を聴いた瞬間、心の奥底にあるなにかが反応して「この映画は見なくてはいけない。」という衝動に駆られたよ。

当時としては珍しかった素人俳優を起用したことで有名で、お笑いタレントの北野武さんが主演していることで知られているけれど、僕はいままで彼が“世界のキタノ”と呼ばれる理由が分からなかった。だけど、この映画を見て納得したよ。

時代背景もあるけれど、彼がお笑いタレントながら違うステージにいるのには理由があった。今でいうと決して上手いとは言えない演技、だからこそ、本物に近い。僕はこの映画の俳優さんたちの上手に見せようとはしないありのままの演技が大好きだ。

この映画の素晴らしさは、良くも悪くもそうした人間臭いところが最大の魅力だ。

「戦場のメリークリスマス」を見た3つの感想。

1.時代を感じる言葉遣い。

最初に映画を見たときに一番気になったのは、彼らの言葉遣いだった。日本人の僕ですら、日本語を聞き取れない場面が何箇所かありなんども聞き返したくらいだ。それでも分からない場所がまだいくつかある。

日本では戦時中に鹿児島弁が暗号として使われていたという話は聞いたことがあるけれど、今のようにテレビで大衆向けに話す機会のほとんどなかったこの時代の人たちというのは、きっと言葉をハッキリ喋らなくても伝わったのだろう。今のように分かりやすく話す必要なんてなかった。

僕は今、2018年を生きている。戦後を1945年とするならば、あれから73年。映画が公開されてから35年も経つか。言葉遣いも人とのコミュニケーション手段も随分と変わったものだ。それもこれも、インターネットとテクノロジーという魔法によるものだろう。

彼らの話す言葉遣い、そして雰囲気を見ていると時代背景をヒシヒシと感じながら映像にのめり込むことができて素晴らしい体験だった。

僕がもし今のまま、この時代に足を運んだらどんな対応をされるのだろうか。もしかしたら「礼儀がなっとらん!」といって斬り殺されているかもしれない(笑)。

2.音楽。

それとやはり音楽にも触れておかなければいけない。この映画の魅力を引き出している大きな要因の1つだ。

僕は歴史に興味があるが、教科書を通して歴史に興味を持ったことは一度もない。誰かに教えられて歴史に興味を持ったことも一度もない。だけど、映画が歴史を教えてくれたことなら何度もある。それからインターネットで検索し、Wikipediaで詳細をじっくり読みながら歴史を辿るのが僕のスタイルだ。

この映画に僕を連れてきてくれたのは間違いなくこの音楽だ。これ以上この映画にぴったりな音楽があるだろうか。2018年になった今では、なかなかこうした音楽に出会うことが少なくなってしまった。昭和の雰囲気、とでもいうのだろうか。僕は大好きなのだが。

音楽に限らず創作作品というのは、これまで人の悲しみや苦しみというマイナスな面を反映したものが多かったのだが、今はYouTubeを通して明るくポジティブなものを目にする機会が増えてきた。もちろん悪いことではないのだけれど、まだ僕は昭和の世代が作り上げてきた世界に触れて育ってきた人間だから、どうしても今の時代に創作されている“ポジティブなものを、明るく表現する”だけの作品を好きになることができない。なんというか…昭和世代には深みがあるのだ。もちろん、これは時代背景が反映されてのことだろう。

僕も彼らの意思を受け継いだモノづくりをしていきたい。当時の人たちが言葉で表現することのできなかった真実を、この曲は素晴らしく反映しているのだろう。だから、戦争を知らない僕でも心揺さぶられるものがあるのだ。

3.忘れてはならない戦争という記憶。

人類が残した最も素晴らしい偉業とはなんだろうか。

歴史を学んだことのある人なら誰も疑えないはずだが、人類は簡単にいうと“狂気の歴史”を歩んできた。戦争で人を殺しあった上に今の僕たちの豊かさが存在していることは誰も疑うことはできない。

では僕たちは戦争を乗り越えたのだろうか。同じ過ちを繰り返さないために学んだことがあるとすれば、それはなんだろうか。

人類は素晴らしい芸術作品やものづくりをしてきたが、最大の偉業とはそうした作品そのものではなく、自らの狂気を認識できるほどにまで意識が成長したことだ。

なぜ人類は他人を殺さないようになったのか。なぜ人類が他人の苦しみに心寄せることができるようになったのか。なぜ戦争が語り継がれなければならないのか。それは、人類が歴史から受け継いできた自身の狂気を認識することで、それを乗り越える手段とすることができたからだ。

残念ながら今も各地では戦争が起こっている—だけでなく、世界中で起こる可能性も秘めている。まだ僕たちは伝え続けないといけないのだ。戦争という人類が犯した最も愚かな行為の傷跡を。映画などのモノづくりは、当時の人たちが言葉にできなかった感覚を—気持ちを—真実を反映することができる素晴らしいツールだ。

同じ過ちを2度と繰り返さないために、僕はテクノロジーという魔法を使って人類の発展の一役を担いたいと思う。

まとめ。

映像の世界は、どれほど演じようともリアルを表現しなくてはいけないと僕は思っている。

しかし、今の時代の映像は作られすぎた世界が表現されていないだろうか。過剰な演出や演技で人の目を引き再生数を稼ごうとするコンテンツが多くないだろうか。そこに本質はあるのだろうか。

僕は時代に流されることなく、この映画のようにいつも本音で—本質と—真実と向き合ってものづくりをしていきたい。

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