「嵐から生まれた芸術」を観た感想。

「嵐から生まれた芸術」を見た感想。【TED】
Thanks to our advertisers


僕は小学校の自由課題で作品を、みんなにどう説明したらいいか分からなかった。結局はありきたりな説明をさせられた。

専門学校でも製作したWebサイトを企業の人にプレゼンしたが、関係のない人に説明したところで詳細に伝えきれないことは分かっていたから、それなりの説明しかしなかった。課題で作らされた作品なら、なおさらプレゼンなどしたくなかった。

自分の作った作品は―特に芸術作品であればなおさら―それは説明するべきではないと思っている。

 

僕はこうしてTEDの記事を書いているが、その裏にどういう意図があり、どんな目的があるのかを読者に理解して欲しいとは思っていない。それは見た人が感じるべきで、それがすべてだと思っているからだ。

自分の見解と相手の解釈が一致していなくてはいけないなど、まったく思わない。僕はただ自分の意図を作品に込めることしか意識していないし、それしかできない。

相手の感情を思い通りに動かそうなどといった、スーツを着て丁寧な言葉遣いをして相手を信用させようとする小賢しいビジネスマンのようなことは絶対にしたくない。そんな人間にもなりたくない。

今回のTEDからは、むかし感じていた「製作者として自分の作品を説明する“もどかしさ”。」が伝わってきて、なんだか歯がゆくなった。

芸術作品の価値を理解できる人間は、この地球上にどれほどいるのだろうか。

Thanks to our advertisers

芸術作品に解説は必要だろうか。

彼女は「自然現象で音楽を奏でる楽器」という複雑な作品をたった4分で説明しなければならなかった。細部に様々な意図が含まれていることは一目で分かる。

「嵐から生まれた芸術」を見た感想。【TED】

なんと不思議な形なんだろう…見ているだけで楽しめる。美術館に置いたら雰囲気がピッタリ馴染みそうだ。僕の部屋にも1つ欲しい(笑)。

彼女はこの作品の仕組み―気象(気圧・気温・風邪)をデータに変換できる構造―楽譜に音符データとしても変換できること―作品が完成するまでの過程などを言葉で解説してくれたが、こんな複雑な構造を言葉によって説明するのはとても難しいと、きっと彼女自身は最初から分かっていたことだろう。

こうした作品を説明する場合「〇〇はこういう目的があり、〇〇にはこういう意図があります。」といった感じで製作者は淡々と話すしかないのだが、そんな説明では絶対に伝えきれる訳がない。そして視聴者も、それだけの説明で作品を理解できるはずがない。

正直なところ、僕は彼女の作品の素晴らしさを噛みしめることができなかった。彼女が悪いのではなく、そもそも芸術作品を解説するということ自体、ナンセンスなのだ。

 

僕は専門学校でデザインを学びプレゼンもしてきたが、デザインですら解説は必要ないと思っている。優れたデザイナーはアーティストの面も兼ね備えているから、自分の作品を詳細に説明したりしない。見せれば分かると知っている。

AppleのiPhoneがなぜ好まれているのか、それはデザインが優れているからだ。説明書など必要ない。Appleの製品をなぜ多くの人が愛しているのか。それは外観が綺麗だからでもなく、ブランド力が高いからでもなく、そこから言葉では表せないスピリットを感じることができるからだ。

学校の国語で感想文を書く授業があったのを覚えているだろうか。あれにペケをつける先生は、僕はナンセンスどころか教育者として失格だと思っている。なぜ決められた回答をしなくてはいけないのか?なぜみんなと同じように感想を書かなくてはいけないのか?

感性のカケラもない人間たちに、世の中の人々を一定の枠に押し込もうとする力に、デザイナーやアーティストは絶対に負けてはならないのだ。

作品よりも、作者。

僕は彼女に作品の詳細な説明をしてもらうより、彼女自身がなぜこの作品を作ろうと思ったのかその経緯を深く知りたかった。彼女はどうして気象に興味を持ったのだろう。キッカケはなんだったのだろう。どうしてデータを集めることで、音楽を作れるという発想に至ったのだろう。

芸術作品の解説なんてのは、美術館の横に文字で書いてあればそれでいい。口でしか説明できないことが、彼女にはもっとあったはずだ。

 

僕は専門学校時代から、作品そのものの質を評価したことは1度もない。それよりも作品が作られるまでの経緯、もっというとその作品を作った人物の背景に一番興味があった。

学生時代の僕には作品を評価する力は欠けていたかもしれないが、ただ綺麗な作品を評価するくらいなら、汚くても作者の思いが込められた作品を評価したいのだ。だから他人の作品に口出しは絶対にしなかった。たとえプロジェクトが失敗したとしても、綺麗なだけでスピリットのこもっていない作品をプレゼンするよりよっぽどましだ。

 

芸術作品の価値を見極める力は、人の人間力を見極めることで育つと僕は信じている。人間味(Humanity)のない人間の作った作品は、いくら魅力的に見えても、いくら高い値段が付けられていたとしても、僕は絶対に買わないだろう。

あなたは彼女のプレゼンから、なにを感じるのだろうか。

Thanks to our advertisers