【全人類必見】映画「いのちの食べ方」は肉食のリアルな現状を考えさせられる。

映画「いのちの食べ方」を見た感想
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僕は超カワイイうさぎちゃんを10年以上飼っているんですが、食用に殺されているウサギがいることも考えると、他の動物である牛や鶏のお肉を食べることにちょっとだけ抵抗を感じてしまうんですよね…。

Facebookのマークザッカーバーグ氏は”自分でニワトリを殺す”という行為をすることでその実態を身をもって体験されたワケですが、僕はまだそんな勇気を持つことができません。

自分で殺した動物の肉しか食べないマークザッカーバーグの生き方を知って、食への感謝を忘れずにいようと思った。

 

それでも動物が殺されることで、僕たちの食卓にお肉が並んでいるんだという実態を知らなければ、食のありがたさがわからないだろう。ということで、こちらの映画を見ました。

この映画にはかなりリアルな映像が含まれているので、見るときには覚悟が必要です。でも知らないままでいようとするのは、なんというか臆病ですよね。

あなたはどんな経緯で自分の食べているお肉が手元にあるのか知っていますか?知らないのであれば、このドキュメンタリー映画は見る価値が十分にありますよ。

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映画「いのちの食べ方」は、食肉となる動物のリアルが見れる。

日本ではタイトルを「いのちの食べ方」とされていますが、海外では「わたしたちの日々のパン(糧)」となっているようです。ニュアンスは若干違いますが、伝えたいことは表紙を見ただけでパッと分かりますね。

実際にどんな映像かというと、下の動画のようにただ動物たちが育てられ、そして殺される様子が淡々と映し出されています。この映像はショックを受ける方もいると思うので、勇気のある方だけどうぞ!!

…と思ったんですが、諸事情で載せられませんでした。詳しくはご自分でお調べください、すぐに見つかります。

実際の映画ではもっとリアルに、ヒヨコたちを人間が機械的に選別していたり、豚さんのお腹をスパッとしてく様子なども映し出されていて、正直なところ言葉を失います。

 

こういう映像を見ると、体の奥がギューッと締め付けられるような、ある種”罪悪感”にも近い感覚を抱くワケですが、普段食べる時にはまったく気にならないんですよね。普通にスーパーでお肉を買って、家で調理して食べるのが当たり前になっています。

小さい子供の頃にこうした映像を見ると後の成長に悪影響を及ぼすかもしれないので無理に見せる必要はないですが、ある程度成熟した大人であれば、こうした実態は知っておくべきだと思いますね。だって、こうやって殺された動物たちのお肉がないと、僕たちは健康に生きていくことができないんですから。

完全菜食主義のヴィーガン(Vegan)になるべきか?

日本ではまだマイナーですが、こうした実態を受けて海外ではヨーロッパやアメリカを中心に完全菜食主義の「ヴィーガン(Vegan)」と呼ばれる人たちが多く存在してきています。彼らはお肉ばかりではなく、その他の卵や乳製品といった動物から作られる食品を一切口にしないという、かなりストイックな人たちです。ベジタリアンの上位互換、といったところですかね。

確かに、こういう映像を見れば多くの人が「お肉を食べるの、やめようかな。」と考えます。22歳の僕だってそう感じますもん。

しかしですね、実際のところはヴィーガンになってお肉を食べない生活をしていると、ビタミンなどの必要な栄養素が取れずに健康被害が出るなどの科学的・物理的に難しいところがあるのです。もちろんヴィーガンでも健康な人はいるので、諸説はあるのですが”お肉を食べないと体が悪くなる可能性が高くなる”ことには間違いありません。

 

あとですね、一部の熱心なヴィーガンの人たちになると、今度はお肉を食べている人間を悪人かのように見下してしまうことにも疑問を抱きます。もちろん動物の命も大切だけどさ、だからって人間を敬わないのは、違うでしょってね。

一部のヴィーガン
動物を殺すのは可哀想だ!だから私はお肉を一切食べない!

だからつまり、みんなお肉を食べるべきではないのだ。(狂言

宮川 輝
ふぁっ!?!?!?

みたいなね。

いや、自分が正しくて相手が間違っていると決めつけるのは、もはや変なカルト的な宗教でしかないよね。歴史を見れば分かる通り、そうした固定概念にとらわれると、人はおかしな行動をとってしまうのです。

 

ちなみにですが、ブッタは”なまぐさ”という表現で肉食について語っています。僕の愛読書「ブッタの言葉」から一部を引用します。

生き物を殺すこと、打ち、切断し、縛ること、盗むこと、嘘をつくこと、詐欺、だますこと、邪曲を学習すること、他人の妻に接近すること、これがなまぐさである。肉食することが”なまぐさい”のではない。

この世において欲望を制することなく、美食を貪り、不浄の(邪悪な)生活をまじえ、虚無論をいだき、不正の行いをし、頑迷な人々、これがなまぐさである。肉食することが”なまぐさい”のではない。

江戸時代には僧侶が肉を食べることが禁止されていた時期もあったそうですが、このようにブッタの教えでは肉を食べることそのものが悪い(なまぐさ)のではなくて、大切なのは心の状態だということを説いています。心という表現は適切じゃないかもしれませんが、つまりそういうことなのです。

 

僕はお肉を食べないことで自分の体を崩して、やるべきことができなくなってしまっては本末転倒でしかないと思っているので、こうした現状を知ったからといって今からすぐにヴィーガンになればいいという話でもないと思っています。動物の命を守ろうとするのは素晴らしいですが、僕たちは神様じゃないのでね。

現状を受け入れて、一人一人が”食べること”への関心を心の底から持つことが、まず第一歩でしょう。

「いただきます」と「ごちそうさま」で命への感謝を。

日本には食べる前の「いただきます。」と、食べた後の「ごちそうさま。」がありますが、あれは作ってくれた人へのお礼と同時に命に対する感謝を表していると思うんですよね。

だけどどうでしょう。小中学校で給食を食べなくなって以来、いただきますとごちそうさまを言う機会が少なくなった人は多いのではないでしょうか。食べることになんの感謝の気持ちも抱かなくなったら、ブッタの言うところの”なまぐさ”であり、命への感謝を忘れてる証拠ですよ。

 

この映画には音楽も特別な演出も、内容を説明する文章すらなく、どう感じるかは完全に視聴者に委ねられています。

ということで僕はこんな感想を持ちましたが、あなたはどう感じるのでしょうか。正しい答えなんてないですが、いつも感謝して食べることだけ忘れないでいようと思います。

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