「貧困は『人格の欠如』ではなく『金銭の欠乏』である」を観た感想。【TED】

「貧困は『人格の欠如』ではなく『金銭の欠乏』である」を観た感想。【TED】



貧困の問題はお金であるという、当たり前の結論にようやくたどり着いた感じだ。

 

僕も裕福な家庭では育っていないから、お金がないことで不安が募ったりイライラするのは経験済みで、イライラした状態で行動すればどんな酷い結果がもたらされるのかも経験してきた。もう繰り返したくはないね。ここ数年間はメンタルトレーニングもよく積んできたよ。

比較的貧乏な家庭で育ってきた人からすれば“お金がない状態”への親しみがあるかもしれないけれど、残念ながら社会を動かしているのは裕福な人たちが多いから、貧困への理解度はまだまだ低いというか、改善しようという意識が芽生えにくいのかもしれない。

彼のように声を挙げることで、貧困に対してどのくらい影響力があるのか分からないけれど、僕はどんなものであっても、人間の平等を実現する案にはしっかり耳を傾けていきたいと思う。

世界中の人たちが衣・食・住に困らないだけのお金を手にできたら、いったいこの世界の問題はどれくらい改善されるのだろう。

そして、みんながお金のために働かなくなったのなら、この世界はどんな風に変わっていくのだろう。

貧困は人格の欠如ではない。

僕は貧困の原因が“人格の欠如”だと思ったことは一度もない。お金持ちの人の中には傲慢で、非人間的な人たちもいる。人格が貧困に影響を与えるのではなく、お金が人格に影響を与えるのだ。それは多くても、少なくても。

映画ではかなり人間味のある人物として描かれていたイギリスの元首相、サッチャー氏が「貧困は人格の欠如だ。」なんて発言をしていたことには驚いた。やはり現実と人々が作り上げたストーリーには大きな違いがあるようだ。

「貧困は『人格の欠如』ではなく『金銭の欠乏』である」を観た感想。【TED】

僕も世界的に見ればかなり裕福な方かもしれない。4畳半の部屋とはいえパソコン環境が整っているし、フカフカのベッドまで用意されている。世界的にはかなり上位に位置していることだろうから、もしかしたら貧困を語るには相応しくないかもしれない。

お金持ちの人たちは貧困と向き合っているつもりでも、実はその本質的な問題と向き合えていないという彼の意見には僕も強く同意する。その本質を遮るもの、それは「貧困は、その人に原因がある。」という無意識の思い込みだ。

 

僕も含めて、お金を持った人たちは貧困との向き合いを改めるべきかもしれない。使い古した洋服やお金を寄付をするのはもちろん素晴らしいが、それだけで貧困に貢献しているという認識は改めるべきだ。

「貧困は『人格の欠如』ではなく『金銭の欠乏』である」を観た感想。【TED】

貧困に取り組むことはもちろん素晴らしくて、それ自体になんの疑いもない。

でもでも、僕たちは表面的な問題としか向き合っていないのではないだろうか。臭い物に蓋をしているだけで、その根源から目を背けているのではないだろうか。

そういえば、小学校ではよく募金活動をしていた記憶を思い出した。幼い時期にそうした活動に目を向けさせるのは素晴らしい一方で、大人になるにつれてもっと深い視点を身に付けないのかもしれないね。

どうして貧困はなくならないどころか、広がり続けているのだろうか、と。

そして、どうしてお金持ちの人が存在しているのだろうか、と。

お金持ちの知ったかぶり。

僕はお金持ちが慈善活動するのは素晴らしいと思っている。彼らの姿勢は、僕のような凡人にも大きな影響を与えてくれるし、人として正しい生き方を見せてくれているからね。

だけど、やっぱり本人が高いところにいる限りは本質的な問題の解決には至らないと思うんだよね。いくら貧困と向き合っていていも、あなたは数億円の豪邸と別荘とヨットとヘリコプターとを所有しているんだから、そんなの不公平だわって、誰もが思ってしまうよね。

「貧困は『人格の欠如』ではなく『金銭の欠乏』である」を観た感想。【TED】

ウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカ氏のように、地位の高いところにいながら自分を低い場所に置く人に僕はとっても魅了されるんだ。おそらく、これからの時代はこういう人が求められるんじゃないかな。

“高見の見物”じゃないけれど、いくら慈善活動をしても自分だけいい場所で暮らしていたら、それはやっぱり本質から目を逸らすことだと思うんだ。

もちろん、今の豊かさはお金持ちの人たちが頑張ったおかげだから、彼らを絶対に批判してはいけない。お金持ちを批判するのも、差別や争いを生み出す要因になるからね。僕たちは大きな石で波紋を起こすのではなくて、一石を投じなくてはいけない。小さな波紋で大きな波を起こそう。

マークザッカーバーグ氏が2017年のスピーチで述べていたように、いま貧富の差は人々を傷つけるレベルにまで拡大している。

この問題を根本から解決するのであれば、やはり自分がお金持ちになってはいけない—というか、自分が富を蓄えているようではダメなんだ。

基本所得保証を実現せよ。

今の社会の大きな問題は人々がお金のために働いてしまうことだ。お金を目的に働くとはどういうことか。それは他人とパイを奪い合うということだ。それではいつまで経っても本質的な問題は解決されないだろう。

あなたは仕事に幸せを感じているだろうか。その仕事に意義を見出せているだろうか。不要なガラクタにお金をはたいていないだろうか。

「貧困は『人格の欠如』ではなく『金銭の欠乏』である」を観た感想。【TED】

ということで、やはり基本所得保証(ベーシック・インカム)が必要だという意見には僕も大いに賛成する。日本だと2chを創設したひろゆき氏がよく推奨しているね。多少強めに主張しているけれど、そのくらいしないと国民は振り向かないのかもしれないね。

このベーシックインカムは500年以上前から提唱されているようだ。そしてカナダの一部で1947年に実現され結果は良好だったらしいのだが、交代した政府の意向により打ち切りになってしまったらしい…。地位の高いお金持ちがいかに適切な判断をあやまっているのか、少しづつ証明されてきているようだね。

 

僕はそうだなぁ。もし基本所得保証が実現されたら、もっと音楽活動をやってみたい。人々から注目を集めるアーティストになることではなくて、ただ自分の好きな曲を作って、好きな歌を歌ってみたい。

貧困は社会の大きな損失だ。そして、貧困を個人の責任として捉えてはならない。

貧困は個人の責任ではなく、お金の問題だという当たり前の認識を広めて、平等のために少しづつ立ち上がろうと僕は思った。

今から僕にできること、それはお金を追求することなく、有名になることや成功することでもなく、ただ自分の好きなこと—価値があると信じるものを追求していくことだ。

よし、また1つ生きる目標が見えてきたよ。

ありがとう。