「希望と平和を訴えるストリートアート」を観た感想。

「希望と平和を訴えるストリートアート」を見た感想。【TED】
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こんなにもアラビア語を学びたいと思ったのは、初めてだ——。

 

日本語には日本語にしかない“美しさ”があるように、それぞれの言語にも言葉を超えた美しさがあるのだけれど、僕はアラビア語を記号のようにしか捉えていなかったから、彼らの“美しさ”を感じ取ることができていなかったんだなということに気付かされて、少しだけ反省てしまった。

ちなみにGoogle翻訳で僕の名前をアラビア語に変換してみたら「مياجاوا أكيرا(みやがわ あきら)」という文字が並んだんだけど、正直なところ、今の僕にはまったく理解ができそうにない(笑)。

しかし芸術作品となれば、言葉を超えたセンサーを働かせればその素晴らしさを理解できる。

もしアラビア語を理解できたら、彼の作品の素晴らしさをより理解できるかも知れない。

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自由に絵を描かせる寛容さ。

芸術家の彼は地元のチェニジアのある建物に、コーランの言葉を引用した文字を芸術作品として描いたそうなのだが、その際に誰からも「こう描いて欲しい。」とは指図をされなかったという。なんて素晴らしいのか。

「希望と平和を訴えるストリートアート」を見た感想。【TED】

僕は小中学校の美術の授業で絵を描いた記憶があるが、お題が決められていたのを思い出した。

お題が決められている理由を今からよくよく考えてみると、それは先生が生徒を同じ基準で評価したいがためのような気がしてならない。生徒の芸術性を伸ばす為であるのなら、どうして自由にお題を選ばせないのだろうか。

そもそも、美術作品にどうやって評価をつけるのかという疑問も浮かんでくる。彼のように人に見せる作品であれば他人の目線を考慮する必要があるかもしれないが、特に子供には自分が100点満点だと思える絵を描かせるべきではないのだろうか。

展覧会に飾るため・コンテストに優勝するために作られた作品よりも、僕は自由な発想で、つまり自分が本当に描きたい絵を描いた芸術作品・芸術家にこそ、本質的な価値を見いだせる人間でありたい。

そして自分の型にハメることでしか物事を評価できない大人にならないようにも、気をつけたいと思っている。

知られざるアラビア語の素晴らしさ。

彼はそれを「アラビア語には魂を揺さぶる力がある。」と語っていて、なるほどそうかも知れないと思わされたのだけれど、そこには僕たちが知らないもっともっと深い意味が込められているはずだ。それを余すことなく感じられないのが少しもどかしいな。

「希望と平和を訴えるストリートアート」を見た感想。【TED】

でもアラビア語が分からなくても、この作品は見ただけで圧巻されたよ。僕はこれを「アラビア語です。」と言われない限り、言葉だとは気付けないかもしれない。

実際にアラビア語を公用語としている人でも、彼の作品から文字を読み解くのは難しいそうだ(笑)。

 

この機会にアラビア語について調べてみると、僕の知らない広大な世界であると同時に、見えない可能性が広がっていることにも気付かされて、ちょっとではなくかなり驚かされたんだ。

アラビア語を公用語としている国は25ヶ国語ほどあるのだけれど、どれくらいの人たちが使っているかご存知だろうか。それは人口にすると約38億人なのだけれど、ちょっと想像しにくいかも知れない。

この記事を書いている2018年9月現在では、地球全体の人口は約74億人だから、つまり人類の約2人に1人がアラビア語を使っているということになるんだ。…ちょっと信じられないよね。

アラビア語を使う人たちにはイスラム教の人が多いみたいなんだけど、彼らの文化や宗教観に触れることができれば、もっと僕は人間的に成長できるキッカケが見つかるかも知れないなぁ…なんてことも考えさせられた。

人類の半分が使っている言語があるだなんてとっても興味深いのに、まだ何も知らないだなんて、なんだかもったいない。

人々を隔てる壁を、芸術でブチ壊す。

彼は自分の文化に誇りを持っていて、人々を隔てている壁を自分の作品で崩したいそうだ。

「希望と平和を訴えるストリートアート」を見た感想。【TED】

正直なところ、日本で暮らしてきた僕にはアラビア語についてまったく学んだこともなければ、イスラム教の人たちの生活スタイルもよく知らないけれども、彼らはとても人間味で溢れていることなら、よく知っているんだ。

だからもうアラビア語を記号なようなものだとは思わないで、意味を理解するのは難しくても、相手の言語としてしっかり尊重していきたい。そして「昔はこれ、変な記号だと思ってたww」といった会話を、アラビア語でしてみたい(笑)。

 

宗教の壁、人種の壁、言語の壁。色々な障害があって乗り越え方は人それぞれだけど、彼が自分の文化と言語でその壁と向き合うのなら、僕も自分の文化と言語でその壁と向き合っていきたいと思うんだ。

おそらく世界中にあるあらゆる壁は「先入観」なのかもしれなくて、これを取っ払うには言葉のいらない芸術作品は大いに貢献してくれるかも知れないね。

彼のように言葉を超えた芸術作品にこそ、僕は価値があると思っているよ。

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