「避難時のマニュアルなんて起きない」東日本大震災で被災された方から当時のお話を聞いてきました。

いわき市の被災地体験者のツアーです



ツアーの午前中はいわき市の商店街に行き、お祭りで可愛いお母さんの温かさに触れてきました。

そして午後はいよいよ、今もなお復興活動が続けられている被災地の中心地へと移動していきます。

午後の部スタート。バスで富岡駅まで移動します。

お昼ごはんを食べたら、いよいよ津波による絶大な被害を受けた富岡駅に向かいました。

バスでの移動中、たくさんの除染袋がいやでも目に入ってきます。

福島県いわき市視察・ツアー19

 

数え切れないくらいほど大量の除染袋の数です。

福島県いわき市視察・ツアー20

 

除染作業が終わった場所は更地にされています。

福島県いわき市視察・ツアー22

 

まだ除染作業が終わっていない場所は草が生い茂っていて、ここは場所によって放射線量がものすごく高い可能性があるのそうなので、とても危険なんだそうです。

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ツアー参加者へは絶対に立ち入らないよう、厳重な注意が呼びかけられました。

 

この除染袋が今後、どういった処理をされていくのかをツアーのバスガイドさんが説明してくれました。

こちらのサイトで紹介されていたので一部ご紹介します。

福島県いわき市視察・ツアー21

除染で取り除いた土などは、市町村のご協力を得て決定した場所で3年程度保管します。
一時的な保管場所(仮置場又は現場保管)については、市町村のご協力を得ながら決定します。除染によって取り除いた土壌等は、一時的な保管場所で安全性を確認しながら管理します。
出典:除染情報サイト

除染袋はとりあえず保管されるものの、30年経った後の最終的な処理がまだ不明確なんです。

これは僕たち若い世代を含め、短期ではなく長期の目線でこれから解決していかなくてはいけない問題ですね。

東日本大震災で津波の被害を受けた、富岡町の富岡駅へ到着。

たくさんの除染袋を横目に、富岡町の富岡駅へ到着しました。

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ここは放射線量が比較的に高い地区なので、入るのには許可が要ります。

ツアーのバス以外にも視察に来ている車が何台かありました。

 

富岡駅とはこんな場所です。Wikipediaから引用します。

富岡駅(とみおかえき)は、福島県双葉郡富岡町大字仏浜字釜田にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線の駅である。
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)・福島第一原子力発電所事故により休止中である。同地震に伴う津波によって駅舎は崩壊・流出したことが確認されている。
出典:Wikipedia

この富岡駅は東日本大震災による津波で駅が丸ごと飲み込まれた場所です。

ツアーの方に説明してもらうまで、この場所が駅だとは思えませんでした。

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2016年3月現在の富岡駅です。電線はあるものの、駅の跡形もありません。

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2017年末までには1つ隣駅の竜田駅まで開通する予定があるそうですが、間に合うのでしょうか。

地方自治体が行政とやり取りをしながら、復興作業を進めているそうです。

 

あたりは家があったと思われる場所が、綺麗に更地にされていました。

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津波を思い出させるような、痛々しい傷跡が残ってる場所もあります。

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また大量の除染袋を発見。いくつあるんだろうか。

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電柱が折れ、看板がひん曲がってます。

津波の恐ろしさを感じます。

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十三丘駅周辺には、まだまだ生々しい震災の傷跡がたくさん残されていました。

 

放射線量が高い中でも、こうした作業してくれる人がいるからこそ、復興につながっていくんだなと、目の当たりにして改めて実感します。

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初めて津波による被害を受けた被災地を見たけれど、5年も経ったのに想像以上に復興が進んでないな、という印象を受けました。

それだけ、津波や放射線量に汚染が深刻な問題だという事なのでしょうか。

 

東日本大震災で被災された方が語る、非常時に取るべき行動と考えて欲しい5つのこと

そして久之浜地区へ行き、震災と津波を体験した方から30分をお話をしていただきました。

まだ3月とあって風が非常に冷たかった中、被災した直後のお話を聞く事ができました。

福島県いわき市の方の震災体験談

そのときの様子を簡潔にご紹介します。

 

いわき市に住んでいた村田さん(仮)は、初めは津波の情報を聞いたとき「また大げさなことを言ってやがる」と思って信じなかったそうで、村田さんだけでなく街の人も含め、誰も放送を信じていなかったそうです。外に出て近所の人と顔を合わせ「どうせすぐにおさまるっぺ」と笑いながら話していたところに、津波が押し寄せてきたと。
そして消防車から絶叫にも近い「逃げろー!!」という叫び声を聞いて、「これはただ事ではない」と初めて意識するようになったそうです。あの叫び声がなければ、ほとんどの人が津波で飲み込まれていたと語ります。
村田さんの妻は車に乗り込み逃げ出そうとしたところを津波に飲み込まれ死を覚悟したそうですが、幸いにも家のブロック塀に引っかかり津波の引き潮に流されることはなかったんだそう。
話を聞きながら、二人の命が無事だったこと安心しました。

 

そんな東日本大震災による津波の被害を受けた村田さんは、避難時にマニュアル通りのことなんかまず起こらないと言います。

実際に津波で被災された村田さんから、震災時について取るべき行動と、これから考えて欲しいことをまとめて5つ教えてもらいました。

1.とにかく逃げる。

まず、津波の情報が入ったらとにかく逃げることだと言います。

これは震災でも同じことで、荷物を回収する前に、とにかく逃げることを考えのが最優先だと言います。

震災が津波の警報が来たら、近くに人がいたら引っ張ってでもひたすら逃げよう、といいのが一つ目。

2.情報が交錯する。

そして二つ目は、情報を自分の頭で考え理解することが大切だと言います。

東日本大震災でのときは、原子力発電支所が爆発し、被害が関東地方全域を覆うというデマが流れました。

そのデマを聞いて信じてしまった人は、わざわざ沖縄まで飛んでいったしまったそうです。嘘みたいですが、本当にあった出来事だそうです。

このことから、緊急時には様々な情報が交錯するからこそ、しっかり正しい情報を見極めることが大切だということが大切、というのが2つ目。

3.マニュアルは基本。まず起きないから考えて行動する。

そして3つ目は、避難時のマニュアルなんてのは、基本中の基本だということ。

実際に震災を体験した村田さんは、マニュアル通りのことなんてまったく起きなかったと言っています。

そして自身の経験から、避難所に行くのは最後の最後でいいそうです。

マニュアルには「まず避難所へ行こう!」と書かれているそうですが、そこに行けば避難した人と会うことができるので、まずは身の安全と助けれる人を助けることを優先して欲しい、というのが3つ目。

4.現場に戻らない。

そして4つ目は、絶対に現場に戻らないで欲しいという事です。

村田さんのご家族は、財布がない、携帯がない、ハンコがないと逃げるのに時間がかかり津波に飲み込まれたそうです。

幸いにも、車の中で家の塀に引っかかりなんとか飲み込まれずに済んだけれど、それは奇跡だと言います。

他にも、逃げ遅れて津波に飲み込まれた人がいて、取りに戻って助からなかった人だっていると話します。

大事なのは自分の命。だからどんなに大切なものがあっても、津波警報が来たら絶対に戻ってはいけないということを教えてくださいました。

これが4つ目です。

5.弱い人たちの避難はどうするべきか。

そして最後の5つ目は、弱い人たちの避難をどうするべきか考えて欲しいという事でした。

津波の避難勧告が出たときの行動は3パターンあって、逃げようとした人と、逃げなかった人、そして逃げられなかった人がいると言います。

この逃げられなかった人をどうするべきかは、まだ解決策がだされていないそう。

この弱い人たちの避難をどうするべきなのか。

これから先、いつ起きておかしくない自然災害のために、皆さんでこれから考えて欲しいとのことでした。

 

東日本大震災いわき市ツアーに参加した感想。

最後に今回のツアーのまとめですが、初めて自分の目で被災地を見たことで、テレビだけじゃ分からないものを自分の肌で感じる事ができました。

被災地のために何ができるだろうって考えたら、僕にできるのは、自分のやるべき事をやるだけだなと。

東日本大震災から5年が経ったけれど、家が流されて今でも避難所で生活してる人もいる。

そして流された家を元に戻そうと、放射線量が高い地域で必死に作業してる人もいる。

商店街では当時の悲しさなんて微塵も感じさせない笑顔で、僕たちを出迎えてくれた人がいる。

一人一人の活躍がこの被災地復興を支えているんだということを、現地の視察を通して感じる事ができました。

同じように、僕にしかできない事があるはずです。

決して大きいことをするとか、なにか自分を犠牲にするとかじゃなく、自分の持ってる力で社会に貢献すること。

これだけが被災地だけでなく、日本に元気をもたらす唯一の方法だと、ぼくは被災地を訪問したことで学んだのでした。

うん、みんなも精一杯生きようね。

それでわっ!