「ベクターとはなにか?」を観た感想。【TED】

「ベクターとはなにか?」を観た感想。
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僕はものごとを分析するのが得意じゃないから、数式を使って考えるのはとても苦手なんだ。プログラマーとしての技術を高めていこうと思えなかったのもこれが要因だ(笑)。僕が頭を使って出来ることというのは非常に少ない。

この動画で話している内容の半分も分からなかった。たぶん僕のIQを測定したら、めちゃくちゃ低い数値が出るだろうな。

 

僕は物理的なものごとに対して、数字ではなくて感覚で実感するようにしているんだ。感覚という表現は適切ではないかもしれないから、いわば“五感を研ぎ澄ます”や“考えるな感じろ。”といった部類のものだと思ってもらえればいい。

例えば、ある人は「右に行くのが正しい。」と主張する。それも強く、激しく、まるで自分が絶対的な真実を知りえているかのように。

でも、僕はこう考えるんだ。

「まぁ、右が正しいとも言えるよね。左もずっと進んでたら、右になるんだし。」

 

理論物理学者は数式で証明した物理現象をマイナスで表しても通用することを発見したが、同時にどういうわけかこの世の中ではそれが機能しないことも発見した。その原因はそう、時間だ。

僕たちが“知ることのできる”ものごとというのは、常に時間に縛られている。あちらからこちらに移動するもの、なにかを習得するのにも時間が必要だ。

しかし、時間は常に今なのだ。

これは何を表しているのだろうか。それはこういうことだ。すべては相対的な事実でしかなく、この世界の絶対的な真実を“知る”ことはできないということだ。

日の出と日の入りが分かりやすい例だろう。僕たちは「朝と夜がある」というかもしれないが、それはある限られた地域から見た視点でしかない。宇宙から見れば太陽は登りもしなければ、沈みもしていない。ただ、地球が太陽の周りを回っているだけだ。

いや、これも地球から見た相対的な事実でしかないだろう。宇宙から見れば太陽系は2兆個の銀河のうちの1つの群でしかないし、地球と太陽が存在しているその目的を僕たちは究極的に“知る”ことはできないのだ。

 

だから僕は、ものごとを“正しい”とか“間違っている”とかでは考えないのだ。

すべては相対的な事実でしかない。宇宙という総体から見れば、決して間違うなんてことは起きないだろうとすらここ最近は感じているところだ。

 

しかし、どういうわけか人間の脳はこの2つを分けてしまう。

善と悪、光と闇、右と左、上と下。

すべては総体として繋がっているはずなのに、僕たちの脳みそはこの2つを1つとして識別することができない。

僕もたまに、どちらか一方に凝り固まってしまうことがある。

そういうときは大抵、自分の中に“わだかまり”が生まれているのだ。

 

「右が正しいのか、左が正しいのか。」

そんなことは考えないようにしている。どちらも状況によって変わりえる。

絶対的な真実はただ1つ、自分がここに存在しているということだけなんだ。プレゼンス—意識—空間—静寂—悟りなど、言葉は真実ではないからなんと呼ぼうと構わないけどね。

これさえ見出していれば、数式で物事を理解できなくても人生の方向を見失うことはないはずだ。

正しい方向—それは方向のない方向だが—も、自ずと見えてくるはずだ。

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