「宇宙で目が見えなくなり学んだことは」を観た感想。

「宇宙で目が見えなくなり学んだことは」を観た感想。【TED】
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本当に、本当に、本当に、心の底から感動した——。

タイトルを見たときは「彼は視力を失ってしまったのか——!!」と思っていたからものすごい緊張感で観ていたけど、どうやら視力は無事のようで、宇宙で一時的に目が見えなくなってことによって学んだ教訓を力強く語ってくれるものだった。

彼の話す姿につい集中しすぎて、なんだか短編映画を見終えたかのような清々しさが心の中を駆け巡っているよ。

まさに“宇宙の力”とも呼べるような神聖な力が、彼を危機的な状況から救ってくれたのかもしれない。

 

僕は宇宙規模の大きな視点で物事を考えるのが大好きで、これがないと日々の小さいことに集中できなくなってしまう。どんなに大きなものも小さいものから成り立ち、小さいことは大きなものがないと成り立たない。

これはたぶん、宇宙から地球を見下ろした宇宙飛行士たちが地球はとても貴重な存在だと気づく一方で、同時に数兆個もある銀河のうちの小さな1つの惑星でしかないという、逆説的な事実に気づくような感覚かもしれない。

こんなにも心豊かな宇宙飛行士がいるだなんて…同じ人類として本当に嬉しい。

僕も彼のようになれるだろうか。

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宇宙を探究する者たちの神聖な力。

僕はいつも宇宙を探究する者たちを見ると神聖なパワーを貰うことができる。2018年の3月に亡くなられたスティーブン・ホーキング氏もそうだったが、彼らには言葉で表せない深さがあるのだ。

だから僕も理由もなく、夜中に明かりのない公園に行って空を眺めに行くのかもしれない。宇宙から神聖な力を感じるために。

「宇宙で目が見えなくなり学んだことは」を観た感想。【TED】

彼はトークの最初に宇宙の素晴らしさを語ってくれたが、その姿を見ているこちら側にもそのパワーが伝わってくる。

彼らはいつも大きな視点で物事を捉えているから、決して頭だけで物事を語ろうとはしない。彼らは人間の知識が宇宙の砂つぶほどの大きさにも満たないことを一番よく知っているからだろう。

宇宙だけでなく、あらゆる分野にこうした“言葉を越えたものを伝える人たち”は存在するが、彼らの魅力はどんなに綺麗な言葉を探しても完全に伝えきることができない。

あらゆる宗教の教えはすべてこの力のことを指しているのだが、残念なことに、彼らは思考で定義してしまう。仏教ではその誤りを「月を指す指(ゆび)は月ではない。」と指摘しているが、それでもまだ真実にたどり着かない人は多いことだろう。

世界が繋がるとき。それはみんなが宇宙を眺めて、どんな宗教や信念やお金やダイヤモンドも、宇宙の広大さと言葉では表せないその力に比べたらちっぽけなものであると気付いたときかもしれない。

でも、TEDを見ていればそんなことをしなくても、あらゆる物質性を越えた力が人間には備わっていることを認識できるはずだ。

危険と恐怖との大きな違い。

普通は宇宙で作業していて突然目が見えなくなったら慌てふためくことを想像するが、彼は地球でありとあらゆる訓練をしていたから決して慌てなかった。そして口を使い状況を説明し、耳を使って指示を聞き、手足の感覚を使って行動に移した。どうやら原因はただの曇り止めだったようだ。

「宇宙で目が見えなくなり学んだことは」を観た感想。【TED】

宇宙飛行士の間ではどんなひどい問題でも それ以上悪化しないとは言い切れない。」と言われるほど常に危険が隣り合わせであることを心得ているから、普通の人間ならパニックになるような状況でも冷静さを保つことができたようで、そこから彼は「危険と恐怖は違うんだ。」ということを身を以て経験した。

彼のメッセージにははやり、言葉を越えたパワーがある。

「宇宙で目が見えなくなり学んだことは」を観た感想。【TED】

 

彼は“蜘蛛”を例にしていたけれど、僕も蜘蛛の巣に引っ掛かったらつい「うわっ!!」という反応をしてしまう。この時期は家の前にたくさんの蜘蛛の巣が張られているのだが、見ているだけでゾワゾワしたものが込み上げてくる。たぶん、家の前にいるのは“女郎蜘蛛(じょろうぐも)”というごく一般的に生息しているヤツだ。

しかし、毒を持った蜘蛛は5万種のうち24種しかいない。全体の0.00048%でしかない。しかも危険な蜘蛛は「私、毒を持っています!」と見分けが付くハッキリとしたマークがされている。つまり僕たちは普通、蜘蛛を恐がっているだけで、本当に危険なものではないのだ。

それなのに、僕たちは原始的な反応でつい“恐い”と思うものに否定的な反応を示してしまう。ゴキブリやその他の虫も、ただ“気持ちが悪い”というレッテル貼りがされているだけで、実際にありのままの姿をよく観察できる人というのは本当に少ない。

だから彼は「次に蜘蛛の巣を見つけたら、突っ込め!それを100回も繰り返せばなれるだろう。」と語っていた。こうして宇宙飛行士はただの“恐怖”と、本当の“危険”を区別しているらしい。

 

この話を聞いてから、僕は家の前にいるカメムシをマジマジと見つめてみたんだ。いつもなら「またいるよ…気持ち悪い。」と思っていたが、虚心になって見つめるとそう気持ちが悪い存在でもないことがよく分かった。つまり、最初から“気持ちが悪い”と決めつけているだけで、なにも恐がる要素なんてなかったんだ。触ると臭くなるくらいだろうか。

これには宇宙で人類が進化するための大きな可能性が含まれていると僕は思っているよ。僕たちは人や物や生き物に名前を名付けることでそこからイメージを引き出し、それが何であるかを分かったつもりになっているが、本当はなに1つとして分かっていないのだから。

残念ながら、僕のプログラムされた脳はいつも物事をありのままに見るようプログラムされてこなかったが、少しづつでいい、本当にそのものと向き合っているのか、それともラベルを貼っているだけなのかを、よく見分けられるようになりたい。

その反応を望んでいるのだろうか。

世の中にある本当の恐怖とは、一体なんだろうか。

世界中で延々と繰り返されている人間同士の争いの原因が、実は本当は存在していない作り上げられたストーリーでしかないとしたら、僕たちはいったい誰と—何を—なんのために争ってきたのだろうか。

 

僕らは制度化された教育を“常識”と呼び、その枠の中で生きようとする傾向があるが、もしそれが中東のように“人を殺すこと”だの“〇〇の国は悪である”という教育だったらどうだろうか。大人たちが常にそう振舞っていたら、子供達がその常識から逃れらないことは想像に容易い。

しかし彼は力強いメッセージを残してくれた。それは「人間の原始的な反応は、訓練によって変えられる。」というもので、彼の実体験ほどこの言葉に力を与えてくれるものはないだろう。

「宇宙で目が見えなくなり学んだことは」を観た感想。【TED】

典型的な日本人であれば、隣の中国や韓国・北朝鮮といった人々にライバル心やある人は憎しみも抱いているかもしれない。日本だけでなく、歴史的に隣国同士は争いを繰り広げてきたから、まだその残骸がどの人類にもDNAとして残っているのかもしれない。

しかし、大切なのは自分がどう反応したかではなく、そこにどう反応したいかだ。本当に蜘蛛を怖がりたいのだろうか、相手の国を憎みたいのだろうか、同じ1つの生命体としての人類が争うことに、いったいどんなメリットがあるというのだろうか。

 

僕は自分が拒否的な反応を示すものと向き合い、その反応がなぜ起こったのか、そしてその反応は本当に状況に対する正しい反応なのか、自分が求め望んでいる反応なのかをよく考え直したと思うようになった。

彼らのように“自分はこの世の中のことなど何も知らない”という心境で常に生きるこは、きっといつも真実を見極める1つの指標になるだろう。

 

本当の危険を見極められるようになろう。

そして、恐怖に支配されてはならない。

人種や国籍や歴史を超えて、僕らは宇宙として常に1つの存在なのだから。

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