「喜びはどこに隠れ、どう見つけるか」を見た感想。【TED】

「喜びはどこに隠れ、どう見つけるか」を見た感想【TED】



喜びを外の世界に探していたら、自分を見失うのではないでしょうか。

お正月には家族団らんでお餅を食べて、誕生日にはパーティーを開いてお祝いして、夏は祭りと花火で盛り上がって、クリスマスは恋人と過ごして…みたいなことは、もちろん楽しいですよね。大勢で盛り上がったり綺麗な景色を見るのは、人生の喜びの1つです。

しかし「外からもたらされる喜びというのは一時的なものでしかない。」と大人になって気付いてしまってからというもの、人生の喜びを外の世界には探さないようになっていきました。

でも喜びを否定するのではなく、“喜びを一時的なものとして楽しむ”という姿勢は、とっても大切かもしれませんね。

彼女の服装とトークを見ていたら、なんだか喜びが湧き出してきた気がします。

デザイナーの宿命。

まず本題のサブストーリーですが、彼女はデザイン学校出身だということもあり僕の経験と重なる部分が多々あって「それ分かるぅ〜w」と途中でニヤニヤしながら聞いてました(笑)。

そうなんですよね。ものづくり分野を専攻している人ってのは卒業シーズンになると“卒業作品展”をして、自分の作品を企業や先輩などお偉いさん方に見てもらう機会を得るのですが、それがズバズバと意見を言われるのです。アメリカでも同じみたいでちょっと親近感が湧きました。

「喜びはどこに隠れ、どう見つけるか」を見た感想【TED】

僕も卒展はいい思い出がありませんねぇ(笑)。「お前何様やねん!」ってくらい上から目線で本質とは関係のない指摘を貰ったときには、「実は自分の方が物事をよく理解しているのではないか?」という不思議な自信すら湧いてきます。

 

彼女は自分の作品の意図を一生懸命説明したものの、相手がまったく理解してくれなかったことに対して疑問を抱いたことをきっかけに学びが深まったそう。

「喜びはどこに隠れ、どう見つけるか」を見た感想【TED】

そりゃデザインをしていたのに「君の作品には喜びを感じられるね!」なんて言われたら、ちょっと首を傾げちゃいますよね。“喜び”なんて曖昧なテーマをデザインの主体とするには、具体性に欠けますから。

でも彼女がすごいのは、「私の作品から喜びが感じられる理由はなんだろう?」と学びを深めたことです。僕が19歳のときだったら「あなたは私の作品を理解していない。(ドヤ顔)」と切り捨てていたことでしょう…。

デザイナーは意図した目的を完璧に相手に理解してもらおうと考えず、直感で理解させる。

これは優れたデザイナーであれば共感してくれる宿命ともいえる、難しくもめっちゃ楽しいところなのではないでしょうか。

色のある世界が喜びを生み出す。

彼女は卒展をきっかけに、たくさんの人たちに「あなたにとっての喜びはなんですか?」と問いかけ、そのイメージを一覧にしたことである共通点が見えたと言います。

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彼女は「丸い形であること」や「尖っていること」などを挙げていましたが、僕はこの絵を見た瞬間に「めっちゃ色が使われてるなぁ」と色彩の豊富さに目が止まりました。たしかにこのイメージに一言添えるなら“喜び”という言葉がぴったりかもしれません。

しかし「私たちが住んでいるのはこんな世界だ!」と対照的に色彩のない現代の建造物を挙げてくれたのですが、たしかにこんなオフィスや学校に足を運びたいとは思いません…。まったくGoogleを見習いなさい!

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どちらも角張って彩色がなく整えられていますが、なんだか寂しいデザインであって、とても学びやものづくりができるような環境には見えません。特に下の学校はもう刑務所ですよね。色がなさすぎる。

こうして比べてみたことで、人々は喜びを求めているのに対して世の中のデザインはその反対方向に向かっているという矛盾が見えてきました。

僕の友達には建築系の職についている人もいるのですが、もしクリエイティビティを大切にしたい建造物を建ててもらうとしても、決してこんなデザインにはしないでしょうね。

戦後の人たちによる産物だと考えると、僕たちミレニアム世代にはもっと違ったデザインができることでしょう。

大人は喜ばないことがカッコいい?

それと彼女は「大人になると喜びを表現しなくなることが、あたかもカッコいいようだ。」と話していましたが、これには僕自身にも思い当たる節がありまして、なにかと感情を抑えようとすることが多々ありました。

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特に小学生の頃は人目も気にすること泥んこ遊びをしてはしゃぎまわっていたのに、いつの間にやら“大人っぽく”振る舞おうとしている自分に、あなた自身も気付くのではないでしょうか。

僕も中学生くらいの頃に「一喜一憂しない大人はカッコいい!」と思ったことがありますが、こうして22歳になってみると「カッコいい大人になんてなろうと思ってなれるものではないなぁ」と、しみじみ感じるんですよね。

「喜びはどこに隠れ、どう見つけるか」を見た感想【TED】

感情を殺そうとすれば、それは苦しみとなって僕たちを襲います。怒りなどは上手くコントロールする必要がありますが、喜びやポジティブな感情はもっと表現してもいいのかもしれませんね。

「感情を表現しない大人がカッコいい」なんてのは、幻想に過ぎませんよ。もっと子供っぽくなろうぜ。

幸せの代わりに喜びを探す…?

最後に彼女は「幸せを探す代わりに、喜びを見つけることが大切なのかもしれません」と語ってくれましたが、これはどうなんでしょう…。難しいですなぁ。

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英語の「joy」と日本語の「楽しみ」、英語の「Happy」と日本語での「幸せ」は似ているようで違う解釈をされているかもしれず、また曖昧なニュアンスを含んでいるため一概には言えませんが、僕は喜びを外の世界に探していたら自分を見失ってしまうとここ数年よく学んできたのですよね。

声優になりたくて養成所に通っても、音楽教室に通ってもとくに“喜び”みたいなものは見つかりませんでした。それどころか不幸な気分でしたよ(笑)。

それとなにより、喜びで自分を満たしてしまうと自分から喜びを作り出そうと言う気持ちが起きなくなってしまうんですよね。クリエイターとしてはこれが厄介です。

僕は自分からコンテンツを生み出すことを大切にしたいので、物事から喜びを自ら受け取りにはいかず、息抜き程度に楽しみたいと思います。

喜びに疲弊しないよう、上手いことバランスが取ることですかね。